七不思議
奈都(なつ)智(さと)は困惑していた。
彼女の前には、目を輝かせながら話をする一組の男女が居る。
一人は教師と思われる、白い髪に水色の目、純白のフリルブラウスにスカートをはいた女性。もう一人は一年の生徒であろう、黒鳶色の癖毛に赤茶色の目をした、青い上履きを履いた制服の少年。
言わずもがな、吹奏楽部からの依頼をこなした後に直行してきた綿雪と津島である。
一人教室に残り、いつものようにホラースポットや怪奇現象をネットで探していたところ、この二人が乗り込んできたのだ。
奈都の趣味は、世に言うオカルト関係の事を調べることである。
噂、古い書籍、誰かが作った噂地図、そのようなものを調べては、自分なりに纏めて楽しんでいる。
因みにその場所に近づこうとは思わない。下手に近づいて、噂の二の舞になるのは御免だからだ。
奈都は今一度二人を見る。
二人の視線は奈都ではなく、彼女の目の前に或る地図に注がれている。教室に入って話しかけている途中に地図に気付いたらしく、女性が目を見開いて地図を眺め出したのだ。
「ああ、この赤い斜線は怪現象の出る範囲を表しているのか、凄いなあ、普通の町よりもはるかに多い現象がひしめき合っている。此れは本当に君が? 一人で?」
唐突に話し掛けられ、奈都は慌てて答えた。
「え、ええ。実際に被害が出ているところだけ纏めているんです。噂だけの方は家にありますが……」
「おおっ、なんて素晴らしい、是非今度見せて呉れ給えよ」
「は、はあ……」
「オカルトですか、実は僕も多少詳しいんですよ。こんどお茶でも飲みながらッグハ!」
「こんなところで人を口説くのじゃあない」
「だからって……疲れた人間に、腹パンしなくても……」
この人たちは何をしに来たのだろう。そう奈都は思った。
いきなりやってきてはこの調子なのだ。本当に何の用があるのだろうと、奈都は思い始めた。
「あの……ところで、何か御用でしょうか……?」
耐え切れず聞くと、綿雪がハッと今気が付いたように返す。
「嗚呼! そうだそうだ、用事が有って来たのだった」
忘れてたんかい。
と、奈都は心の中でツッコンだ。
「済まないね。素晴らしい資料を見てすっかり興奮してしまった」
褒められて一瞬困惑する奈都。
そんな奈都を置いて、綿雪が続ける。
「君、夜の学校に興味は無いかい?」
「え?」
「うーん。実は私達、なんでもお助け相談会同好会、と云うものを今日設立してね」
嗚呼。
と、奈都は納得する。
そう云えば、友達が昼休みに噂していたな、変な同好会が出来たとかなんとか。
記憶を辿りながら、はあ、と濁した返事をする。
「依頼を受けてそれをこなすタイプの同好会なのだけれども、三辻さんから依頼を受けてね、ほら、吹奏楽部部長の」
あ、三辻さんか。
と、奈都はクラスメイトの顔を思い浮かべる。
古く硬い言葉を使う少し変わった人だ。成程、彼女ならやるかもしれない。
「で、曰く。音楽室の七不思議を解決して欲しいと」
お?
聞こえて来たオカルト用語に、自然と口が動いた。
「夜中に歌い出すベートーヴェンの肖像画。夕方から鳴り出す音楽室のピアノ」
即座に出てきた文に、綿雪は目を見開き、興奮気味に答える。
「そう! それだよ」
いやー流石だなあ。と、奈都を褒める綿雪。
先程からの称賛の言葉に、奈都は饒舌になる。
「まあ、自分の学校の七不思議ですから。他にも、トイレの花子さん、テケテケ、廊下を歩く人体模型、引きずり込まれる物理室、人の消える真夜中の二階渡り廊下なんてのもありますよね。噂によると八つ目の怪奇現象もあるみたいですけど、これは知ると不幸になるらしいです」
その饒舌に任せるように、自身の解釈も続けて、早口で述べた。
「この学校の七不思議って変わったのが多くて、いや、凄く変わっている訳ではないんですけど、ちょっとずれているというかなんというか、まあ、えーと……物理室のとか、渡り廊下は明らかに異質なんですけど、さっきの音楽室のピアノとか、テケテケとかはなんか、普通の噂とは違うところが……」
此処で、奈都はハッとなる。
しまった、しゃべり過ぎた。
奈都の趣味はマイナーな方だ。興味がある人はいるが、此処まで詳しく調べ、分析する人は少ない。
奈都のこの趣味は中学生のころから始まっているが、同じ趣味で詳しく語り合える人はいなかった。
興味を持ってくれる人も話を聞いてくれる人も居るが、話過ぎて引かれることも少なくない。
今まで語り合える人と云えば、ネット上のそのようなチャットだけだった。そこ以外では話すのを控えていたのだが、久しぶりに興味を持たれ、ついつい話過ぎてしまった。
引かれたかも知れない。
そう考え、恐る恐る、半分諦めの気持ちも浮かべながら二人の表情を見る。
が、そこに危惧していた表情は無く。
「そこまで調べて、分析までしているのかい!! それはいよいよ素晴らしいな!」
「へえ、七不思議って八つ目があったんだ……」
あったのは、目を輝かせる綿雪の顔と、ふうんと頷いている津島の姿だった。
「……ん? 如何(どう)かしたのかな? 人の顔をまじまじと見つめて」
「え? あ、いや、何でもないです……」
思わず目を逸らす。
何となく気まずくなり、奈都は勢いのままに続きを喋った。
「で、その……多分三辻さんが言ったのって、音楽室のピアノの方ですよね。珍しく目撃情報が多くて、本物じゃないかって噂がある……」
「そのとおり! だから今度夜中に同好会の活動で見に行く事になったのだよ」
「えっ、見に行くって……?」
「うん。ついでに他の七不思議もみて、全部一気に解決するつもりだよ」
なんて無謀な事を。と、奈都は思った。
先程言った通り、奈都は怪奇現象のことは調べるし、その情報も信じてはいる……だが、実際には行かない派だ。理由は単純。襲われたら怖いから。
そんな彼女からすれば、綿雪の計画は無謀極まりない。
「いや、止めた方が善いですよ、絶対。さっき言った通り、ここの怪奇現象は少し異常です。絶対になにか本物がいますって」
少し早口でまくし立てる。が、綿雪に聞く気はないようで。
「大丈夫大丈夫。こっちにはプロが居るから……それで提案なのだけれど」
と云うと、綿雪は少し間を置き、奈都の作った地図に触れながら続ける。
「プロが居るとはいえ、私達は夜の学校に明るく無い。正直出てくる怪現象がどんなものか分からないのだよ。で、詳しい人が教えてくれればなー。と、思ったりするのだけれど」
こんな地図を作れるような、ね。
そう付け足し、綿雪は奈都の目を真っ直ぐと見据え言い切った。
「私達に、力を貸して呉れないかい?」
奈都は考える。自分がどうすべきなのかを。
彼女は学校に本物の怪奇現象が出ると確信している。故に自分から関わることはしない。
然しながら……怪奇現象が出ると分かっているところに、むざむざと人を送り込めるような性格はしていない。
止めるべきなのだろうが……二人は説得されてくれそうもない。
となると、妥協策は。
「……分かりました。協力します」
数瞬の沈黙ののち、彼女は言った。
その言葉に、綿雪の顔がパッと明るくなる。
「おおっ、本当かい? それじゃあ早速…」
「その代わり」
歓喜に言葉を紡ぐ綿雪を遮って、奈都は強気に続けた。
「私も連れて行ってください」
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