白狐は夢を終わらせる


「別に僕は君が何をしようと、滅多な事じゃなければ止めないよ? それは君の自由だ。君が子供相手に遊ぼうが幻術で街に月と星と太陽を同時に並べようが冬を夏にしようが僕は止めない。寧ろ全部一緒にやりたいくらいだ」


現在私は星彦に正座をさせられてお説教を食らっている。良く分からないけど腕を捥ごうとしたのを叱られているらしい。なんで幻術の中でお説教されているのかは理解が出来ないのだけれど。


「でも腕をもぐって言うのはちょっと承服出来ないよ? なんでやろうと思ったの?」


 星彦は言った。


「否、君を否定するわけでは無いんだ。理解できないなら理解するために全力を尽くすだけだし、君が何かに苦しんでいて自棄になっているのだと云うのならば話でも何でも聞こう」


 と言うか……私は早く此処から出なければならないのだけれど……この話は一体何時まで続くのだろう? 相変わらず話が長い。


「でも取り敢えず僕が思うのはこう云う事なんだ。君はもう少し君自身を大切にするべきだよ。他の方法も検討したうえで、可能なら自分を傷つける選択は避けるべきだ」


 そう、幸い此処から出る方法の見当はついて居るから、後は試すだけだ。話なんて最後まで聞かないでやって終(しま)えばいい。と云うか時間がない。そうするべきだ。


「抑々君は何でも自分でやろうとしてしまうし、人を頼る事とか滅多にないよね。別に人に頼ってはいけないという規則は無いんだよ? 迷惑だと思われたとしても、相手の心や時間を削ることになったとしても、一度は話してみるべきだ。その労力を面倒くさがるのは自分の首を絞めるだけだよ?」


 そうするべき、な、筈なのに。


「御免。話がずれたけど僕が言いたいのは取り敢えず腕をもぐのは止めて欲しい。心臓に悪いし好きな人が自分を傷付けるのは見たくない」


 なのに、何故私の身体は動かないんだ。



 原因は分かっている。私が此処に居たいと心から願って仕舞っているからだ。

 星彦はもう死んでいる。幻術だろうと、此処を離れればもう二度と会えないかもしれない。

 恋人と離れ離れになるなんて、二度も経験なんてしたくない。

 其れが本音であり、私がここを離れられない原因だ。



「……綿雪? どうしたの?」


 星彦が首を傾げた。私がずっと黙って居るからだろう。


「いや……そこまで言うのなら、腕を取るのは止めるよ」


 他の当てが外れたらやるけど。

 後の言葉を省略しつつ言えば、星彦は花が咲いたように笑って喜んだ。

 幻術とは思えない程に、生き生きとした表情で。


 嗚呼、駄目だなあ。


 早く行かなければいけないのに、体は全然言う事を聞かない。脳が自然と逃げ道を選んで、此処に留まる事ばかり考えている。

 駄目だ、本当に駄目だ。

 此処に居たい。ずっと此処に居たい。


 でも、其れは駄目だ。

 三七十を、皆を守らないといけない。

 早く行かないと、現実迄失うことになる。


「嗚呼、駄目だ、駄目なんだよ……」

「綿雪……?」


 上を向きながら涙声で言う私を、星彦が心配そうに見つめてくる。

 止めてくれ、そんな目をしないでくれ。


「行かなきゃなんだ。もうお別れなんだよ、星彦」


 両手で顔を覆い、ゆっくりと息を吐く。


「御免。約束は守るから……君の魂と、あの子の事は守るから……此れから私がすることを許しておくれ」


 声を静め、両手を顔から離して、私は星彦に歩み寄った。


「一体何を言っ……ぅむ……」


 そして、困惑する彼にキスをして、


「二回も殺して、御免。多分、此れが解除方法なんだ」


 異能を使って、彼の身体を水で貫いた。



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