第5話 尿という名の人生
――尿。
それは小便、小用、小水、少水、いばり、ゆばり、
単語の多さは、すなわちその文化圏における関心を示す。
たとえば、北米イヌイットでは「白」を示す言葉が17種あるそうだ。
白い雪に囲まれた生活の中で、「白」の差異が明確に、細緻になっていったのだ。
何が言いたいかというと、日本人はおしっこにとても深い関心を持つってことだ。
僕はフェアリーの尿道にストローを挿し、それを飲みながらダンジョンに潜っていた。
フェアリーはダンジョンに咲く花の蜜を吸って生きている。
だからおしっこの糖度も高く、甘くまろやかだ。
だけど、量が少ないのが難点だな。
あっという間に吸い尽くしてしまった。
僕はフェアリーをぎゅっと握り潰して捨てた。
潰すともう少し出るんだけど、血が混じって味が濁るんだよね。
それに、今日の本命はあのインキュバスだ。
見た目は人間の年齢にすると十歳くらいかな?
小学三年生だ。
僕がこの道に目覚めるきっかけをくれた、幼馴染のサッちゃんを連想させる。
あれは下校途中だった。
僕の実家は田舎で、公衆トイレなんてどこにもなかった。
だから、下校途中で催せば、男子も女子も関係なくそのへんの道端で致すのだ。
けど、男子と女子とではちょっと違う。
僕みたいな男子はそのへんのブロック塀にひっかけちゃうけど、女子はちゃんと草むらに隠れるのだ――ということをあの夏に知った。
通学路を歩いていたサッちゃんは、「ちょっと急用」と言って駆けて行った。
ハンカチを落としてたから、僕はそれを拾って追いかけた。
サッちゃんはなぜか草むらに入っていった。
そしてしゃがみこんだ。
サッちゃんの通学帽が草むらからちょんと出ていた。
僕はハンカチを持って草むらに入った。
草いきれの中に、香ばしい匂いが混じっていた。
つま先を何かが濡らした。
サッちゃんは、しゃがみこんで顔を真っ赤にしていた。
「ハンカチ、落としたよ」
僕はしゃがみこんだサッちゃんにハンカチを差し出した。
レースの入った、白いハンカチ。
サッちゃんは、しゃがみこんだまま動かなかった。
じょろじょろと、水が流れる音がしていた。
「最低ッ!」
音がやんだら、サッちゃんはパンツをずり上げて、僕に平手打ちをした。
僕はハンカチを落とした。
べちゃっと水音がした。
僕は早足で駆けていくサッちゃんの背中を見ながら、ハンカチを拾った。
ハンカチは湿っていた。
なんだかいい匂いがした。
舐めてみた。
よかった。
ふうわりと優しい塩味が舌の味蕾を撫でて、削りたての鰹節みたいな香りが口の中に拡がった。
気がつけば、僕はじゅるじゅるとハンカチを吸っていた。
洗って返そう、って思っていたけれど、サッちゃんは二度と話してくれないし、僕もハンカチは洗わずに取っておいてしまった。
そんな思い出を噛み締めながら歩いていたら、12層についた。
このダンジョンの浅層はどこまでも石畳ばかりで代わり映えしない。
道中で捕まえたハーピーのおしっこを全身に浴びながら、僕は気配を探る。
ハーピーのおしっこは、正確に言えば純粋なおしっこではない。
ハーピーの身体構造は鳥類に近く、総排泄孔という穴がひとつあるだけなのだ。
ハーピーは、これだけを使っておしっこも、うんちも、玉子も産むし性交もする。
身体を軽くすために、頻繁に排泄をするのもポイントが高い。
だけど、いい加減飽きてきたな。
僕は両足を捕らえて肩車していたハーピーを顔の前に動かして、総排泄孔の中身をじゅるじゅると吸って、それから股裂きにして捨てた。
十分な
尿素が沈着して黄金色になったプレートメイルも強力なマナを発している。
僕はくんくんと鼻を動かして、今日のお目当てを探す。
あの感じだと、かなりピュアな香りだと思う。
そういうのは嗅ぎ分けるのがむずかしい。
でも、僕にはわかる。
なぜなら僕は、黄金戦士だから。
澄んだ香りを辿りながら歩く。
うん、近い。近いな。
たぶん、次の角を曲がったあたりにいる。
生け捕りにしたいな。
連れ帰って、特別なエサを与えて、色んな味を楽しみたい。
おしっこは個体とエサとのマリアージュだ。
最高の個体に、最高のエサを与えれば、極上のワインだって目じゃない。
あっ、いたいた。
細く柔らかな金の巻き毛。
玉子みたいに握りつぶせそうな細い顎。
長いまつげに縁取られた瞳は
両指を組んで、祈るような仕草をしている。
漏らしては……ないな。よかった。
初絞りが床に垂れたおしっこじゃ、どうにも締まらない。
ガキン、と首の後ろに衝撃があった。
振り返ると、そこに長い牙を持つウサギがいた。
冷たい銀光を放つ、鋭く長い牙。
ああ、先にこっちを片付けなきゃならないのか。
面倒くさいな。
* * *
「逃げろ」
「えっ、でも!?」
「いいから逃げろ! こいつはレベル100クラスだ!」
全身金色の鎧をまとう大男は、明らかな強者だった。
牙が通りゃしねえ。
当たったところは無傷だし、こっちの牙は錆びている。
どういう仕組みなのか、触れるだけで<武器弱体>が発動するようだった。
だが、重厚な鎧に身を包んでいる分、動きはとろい。
全力で走れば、アルプは逃げのびられるだろう。
――俺が足止めをする前提だが。
「ああ、もう。雑魚がわくと面倒くさいな。人型じゃないモンスターのおしっこって、臭いだけなんだよね」
金色の大男が、背中に負っていたバカ太い
俺はぴょんたんと間合いを計りながら、持久戦の覚悟を決めた。
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