第48話 たぶんこれが最強のイワナ坊主だと思います

 儂は50層の地底湖で発生した。

 生まれたときから老爺だった。

 坊主が着るような袈裟をまとっていた。

 冷たい水中を自由に泳ぎつつ、地上でもとくに不自由はなかった。


 あの変わった首狩り兎に出会ったのはいつだったか。

 地底湖に毒を流し、水棲モンスターを大量に殺そうとした配信者がいた。


「やめなされ、やめなされ」


 と声をかけようとすると、配信者たちの首が落ちた。

 ただでさえ丸い儂の目が、さらに丸くなった気がした。


「ほぉっほぉっほぉっ、儂が手を下すまでもなかったの。若いの、感謝するぞい」

「うるせえ、俺の好きでやってることだ」


 数珠を持つ手で両手を合わせると、その兎は後ろ足で耳をかいた。

 どうやら照れているらしい。


「それじゃ、邪魔したなじいさん」

「待て待て、礼をしておらん。これから飯を炊くところだったのじゃ。馳走をさせてほしいのう」

「メシをたかりに来たわけじゃねえ」

「ほぉっほぉっほぉっ、そうか。残念じゃのう。魚沼産の銀シャリなのじゃが」


 兎の耳がピンと立つ。

 どうやら気に止まったようだ。


 鍋を火にかけて飯を炊く。

 その間に、ぽつぽつと話を聞く。

 どうやら、生まれたばかりのときに一族を配信者に虐殺されたようだった。


 ダンジョンのモンスターの出自は2種類がある。

 ひとつは儂のように、瘴気溜まりから自然発生するもの。

 もうひとつは両親から生まれてくるもの。

 兎は後者だった。


「お主、種族は首狩り兎じゃろう? もっと浅層にいるものだと思っておったが」

「そんなもん、誰が決めた?」


 握り飯をむさぼりながら、兎が答える。

 赤い瞳がぎらぎらと輝いている。

 首筋に寒い風が走った気がした。

 これは、面白い。


「お主、ダンジョンポイントはわかるか?」

「あ? なんだそりゃ?」

「ステータスオープンと唱えてみよ」

「はあ?」

「いいから唱えるのじゃ」

「なんだそりゃ……まあ、いい。<ステータスオープン>」


 空中に透明な文字板が現れる。

 そこに表示されたダンジョンポイントはわずか62。

 駄菓子のひとつもろくに買えない額だった。


「なんだこりゃ? 斬れねえし、触れねえ。何より邪魔だ」

「ああ、これはじゃな――」


 ダンジョンで発生するモンスターには、こうした基本的な情報はあらかじめ刷り込まれている。

 しかし、親を持ち、血肉を持つモンスターは誰からか教わらなければこんな基本すら知らない。


 これは面白い。

 思わず、血が疼く。


「お主、強くなりたいか?」

「そりゃあ、なりたいに決まってるだろ」


 迷いのない答え。

 口の周りをメシ粒でいっぱいにしながら応じられる。


「ならばのう。しばらく、儂が教えてやろう――」


 * * *


 あの出会いからどれほどの時を経たか。

 ピアノに乗って飛ぶ一瞬の間に考える。

 表情のないはずの自分の魚顔がほころぶのを感じる。


 ピアノの動きが止まる。

 おっと、着いたか。

 眼下にはピアノの足を掴む大男。


「ラソラソラシドぉぉぉおおお♪♪♪♪」


 そのまま片手で鍵盤を狂ったように叩く。

 ピアノから音譜の刃が無数に飛び出す。

 身を捩りながらぬるりと飛んでかわす。

 さながら、魚のように。


「ドミレソファミレドぉぉぉおおお♪♪♪♪」


 ピアノが振り下ろされる。

 石畳が砕ける。

 石礫が襲ってくる。

 袈裟の袖でそれを払う。


「ファソラドドミレぇぇぇえええ♪♪♪♪」


 ピアノを盾にして大男が体当たりをしてくる。

 両手で柔らかく受け止め、一気に力を込めて掌底を打ち込む。


「ファファファファファファファーーー♪♪♪♪」


 ピアノ越しに衝撃を受けた大男が吹き飛ぶ。

 これは<鎧通し>。

 防具や障害物を貫通して打撃を与える水の技。


「ドぉぉぉおおおレぇぇぇえええ♪♪♪♪」


 大男がすかさず立ち上がり、ピアノを振り回して反撃してくる。

 それを飛び越え、片膝をついて着地する。

 男はぐるぐると回りながら連撃を仕掛けてくる。


 そうとうに頑強だ。

 直接打ち込まなければ効き目は薄い。

 しかし、ピアノの回転は速い。

 普通に仕掛けては飛び込んだ瞬間に弾かれるだろう。


 ならば。


「やめなされ、やめなされ、無闇に動くのはやめなされ。足場が悪いと、怪我をしますぞ」

「ファソラドラシラぁぁぁあああ♪♪♪♪」


 石畳に掌底。

 衝撃が地面を通り、大男の足元が砕ける。

 バランスが崩れ、旋回するピアノの軸が斜めにずれる。

 潜り込む隙間が生まれる。


「ほぉっほぉっほぉっ、ひとつ、言い忘れておったことがあったの」


 男の懐に飛び込み、掌底を構える。

 氣を練り、力を溜める。


「お主、音痴じゃぞ」

「ファソラソッッッ!?」


 掌底が男の顎を砕き、首をちぎり、血を撒き散らしながら飛んでいく。

 掴まれていたグランドピアノが飛んでいきそうになる。

 それを捕まえ、勢いを殺して地面に下ろす。

 首無しになった男の身体を折り、椅子にする。


「さて、ピアノはひさしぶり――いや、今生では初めてになるのかのう」


 儂はヴォーとアルプの闘いを眺めながら、8bitの戦闘BGMを弾きはじめた。

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