第47話 ゴームゴムゴムゴム! オレのピストルパンチをかわすなんて、やるゴムねえ

 初手、大男が投げた黒い塊が飛んでくる。

 グランドピアノ。

 バカでかい。

 何百キロあるかわからねえ。

 そんな巨塊が宙を走ってくる。


「やめなされ、やめなされ。楽器を投げるのはやめなされ」


 魚じじいが前に出る。

 両手でピアノを受け、ぐるりと回って投げ返す。

 大男が何事もなかったようにそれをキャッチする。


【ピアノ投げるのかよwww】

【やめなされと言いつつ自分も投げるスタイル】

【テクニシャンと思わせて、実は両方パワータイプ?】


 コメントが流れていく。

 気がつけば、カメラドローンが何十機も集まっていた。

 よほどの高レベル配信者か?


「うわっ!? 腕が伸びてきた!?」

「ゴームゴムゴムゴム! オレの拳銃ピストルパンチをかわすなんて、やるゴムねえ」


 アルプが悲鳴を上げ、横に飛んだ。

 長い腕を持つ男の拳が石畳を砕く。

 まだ百メートルは離れてるぞ。

 腕が伸びるスキル持ちとか、そういうのか?


【出たwゴム人間w】

【効かないねえ……ゴムだから!】

【どん!】


 わけのわからねえコメントが流れる。

 うっとうしい。

 集中できねえだろうが!


「これより、魔王討伐任務を開始します。周辺配信者のみなさまは、決して現地に近寄ろうとせず、安全な場で配信をご覧ください」

【もう始まってるんだがw】

【近寄るな!絶対に近寄るなよ!】

【台風の日に田んぼを見に行っちゃうやーつ】


 剣を携えた男が、俺に向かって駆けてくる。

 凄まじい速度。

 鋭い殺気。

 俺も地を這うように跳ぶ。

 斬撃が横を通り過ぎる。

 石畳が次々に割れていく。


【おお、さすがは勇者】

【チートジョブだけはある】

【これで魔法も使えるんだからタチが悪い】


 魔法……!?

 背筋に悪寒。

 うしろに大きく跳ぶ。


「<霹靂顕現へきれきけんげん>!」


 青白い閃光が視界を包む。

 さっきまで俺がいた地面が黒く焦げる。

 剣の男の魔法スキルか!

 雷属性とはまた厄介だ。

 受けられねえし、範囲も広い。

 大きく動いてかわすしかない。


【いまの魔法なに?】

【勇者専用の雷魔法】

【出どころが見えなかったな】

【やっぱ勇者はチートやわあ】


 勇者、そうか、こいつが勇者か。

 俺の一族を根こそぎ殺していったのも勇者だという。

 同じ勇者じゃないんだろうが、腹の奥でチリチリと火が燃えるのを感じる。

 俺は牙を剥く。

 必殺の瞬間を狙って細かく飛び回る。


「ほぉっほぉっほぉっ、やめなされ、やめなされ。熱くなるのはやめなされ」


 ピアノのキャッチボールを続けている魚じじいが言ってくる。

 なんだ、水を差すんじゃねえよ。


「ほぉっほぉっほぉっ。闘争の本質は火ではない。水じゃ。激しく燃える火も、流れる水にはあっけなく消える。焼き尽くし、支配しようとするのではない。流れを見極めるのじゃ――こんなふうにのう!」


 魚じじいは、投げ返したピアノに乗って大男に突っ込んでいく。

 まったく、毎度毎度何なんだあのじじいは。

 思わせぶりなことだけ言いやがって。


「そっか! そうすればいいんだ! おじいちゃん、ありがとう!」


 今度はアルプの声。

 伸びてきたゴム野郎の腕につかまって、飛んでいく。

 ああ、無茶をしやがる。

 だが、その顔には笑みが浮かんでいる。

 アルプもようやく、この楽しさ・・・がわかってきたみてえだ。


「<竜巣廻閃りゅうそうかいせん>!!」


 また閃光が爆ぜる。

 今度は無数の斬撃と共に。

 床が割れる。

 壁が焦げる。

 天井が崩れる。

 かわす。

 かわす。

 かわす。

 空気がオゾンの臭いになる。


「へっ、面白れぇ」


 俺はにやりと笑って牙を見せつける。

 これがいまからお前の首を落とす牙だ。

 勇者を呆気なく殺す、魔物の牙だ。

 よーく、見ておきやがれ。


【お、上手く3対3になったねえ】

【連携できないねえ】

【第八小隊だろ?こいつらに連携なんて概念ないだろw】


 あー、くそ。

 コメントがうっとうしい。

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