第46話 たこ焼きを食べていたら勇者に襲われる世界線

 ほふほふと湯気を吐きながら、俺たちは魚じじいの持ってきた土産を食っていた。


「あっふ!? ほぐむぐほむ……あっついけど、おいしいね!」

「あふっ……ああ、旨いな。何て料理だこれは?」

「ほぉっほぉっほぉっ、たこ焼きじゃよ。最近メルカト寺院の行商が売り出したものじゃな」

「メルカト?」


 アルプが不思議そうな顔をする。

 そうか、そういやアルプはまだ会ったことがなかったな。


「商売の神を祀る連中だ。モンスターも人間も関係なく商売をしてる」

「へえ、お買い物ができるってこと?」

「そういうことだ。ダンジョンポイントと引き換えだがな」

「ダンジョンポイント?」

「俺も詳しいことはわからねえが、配信の視聴者数が多いほどもらえるもんだ」


 俺は耳でカメラドローンを指す。

 ったく、飯食ってる様子まで撮って何が面白れぇんだ?


「ボクって、ダンジョンポイント持ってるのかな?」


 アルプが頬に手を当てて小首をかしげる。

 ああ、ソースで汚れちまってるじゃねえか、ったく仕方がねえ。

 それを前足で拭ってやりながら続きを教える。


「ステータスオープンって言ってみな」

「ステータスオープン?」


 アルプの声とともに、半透明の文字列が空中に投影される。

 所持しているダンジョンポイントはこれに表示されるのだ。


「ここに表示されるのがアルプの持ってるダンジョンポイントだ」

「うーん? これってどれくらいなんだろう?」


 アルプがまた首をかしげている。

 数字の読み方ぐらいは発生してすぐわかるようになるもんだが、慣れていないのかもしれない。

 代わりに読んでやろうとステータスウィンドウを覗き込む。


【209,813,54

 5,312】


「んん……?」


 数字が折返しになっている。

 なんだこりゃ、こんなの見たことがねえぞ?


「ほぉっほぉっほぉっ、なんじゃヴォーよ。数字に弱いのは治っておらなんだか」


 固まっている俺の後ろから、魚じじいが覗き込む。

 魚じじいの手からたこ焼きがぽろりと落ちた。


「いちじゅうひゃくせんまん……いちじゅうひゃくせんまん……」


 魚じじいがウィンドウに指を当てながら数えている。

 俺もその指を追いながら桁を数える。

 思わず何度も数えてしまう。


 そして、俺とじじいの声が揃う。


「「に、にせんおく……?」」

「にせんおく? それってどれくらいなの?」


 アルプがたこ焼きの残りを食べながら無邪気に聞いてくる。

 これは……どう説明したらいいんだ?

 俺は咄嗟にじじいに目配せをする。


「そ、そうじゃな。ものすごくたくさんじゃ」

「どれくらいたくさんなの?」


 じじいの丸い目がギョロギョロと動く。

 こんなじじいは初めて見たぜ。

 ちょっとスカッとするな。

 そんな内心を気取られたのか、じじいの視線がこちらで固まる。


「ヴォーよ、お主がアルプの育ての親のようなものじゃろう。教えてやりなされ」


 あっ、汚え!

 こっちに丸投げしやがった!


「あー、えっと、そうだな。いま食べているそれ……たこ焼きが一箱で500ダンジョンポイントだとするぞ」

「うん!」


 たこ焼きの値段なんぞ知らねえが、メルカト寺院が売る駄菓子ならそんなもんだろう。


「えー、それで2千億ってのはな、それが4億箱買えるってことだ」

「う……ん……?」


 くっ、ダメか!

 イメージが伝わってねえ!

 いや、俺だって4億箱のたこ焼きなんて想像もつかねえ!


「と、とにかくだ。ものすごい大金ってことだ。行商人が来ても、何でも好きなものが買えるだろうな」

「へえー、たこ焼きよりも美味しいものがあるのかな?」

「儂はA5ランク松阪牛というものが食べてみたいのう」

「こら、じじい、たかる気満々じゃねえか」

「ほぉっほぉっほぉっ、冗談、冗談じゃよ」


 しかし……二千億か。

 冗談じゃ済まねえダンジョンポイントだ。

 アルプには早いとこ買い物に慣れさせて、金銭感覚を教えてやらねえといけないかもしれない。


 そんなことに悩んでいると、遠くから硬質の足音が聞こえた。

 規則正しい揃った足音。

 俺はアルプと魚じじいを手で制し、聞き耳を立てる。


「三人組。相当訓練されてる。一人はやけに重たいものを担いでるな」


 足音から得た情報を二人に伝える。


「全員、鎧は着ていない。武器は……一人は剣、一人は無手、一人は……わからねえ。デカくて重いものを背負ってる」


 二人は黙って俺の言葉を聞く。


「やるか? 逃げるか? 俺はどっちでもいい」

「やる!」


 間髪入れず、アルプが応える。

 まったく、元気に育ったもんだ。


「じじい、あんたにも付き合ってもらうぞ」

「ほぉっほぉっほぉっ、まったく、老人をこき使うのう」


 言いながら、魚じじいは両手の指をぽきぽき鳴らす。

 達観したように見せて、じじいも結局モンスターなのだ。


 通路の暗がりの先から三人の人影が姿を表す。

 ひとりは大剣を携えた男。

 ひとりはひょろひょろと長い腕を持つ男。

 ひとりはグランドピアノを担いだ男。


 迷彩服を着た男たちは、俺たちに気がつくとまっすぐに走ってきた。

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