第45話 部下には<ゴム人間>と<ピアニスト>が配属された
199X年X月XX日、その異変は起こった。
レーダー網が機能しなくなり、GPSも無効になった。
無線通信そのものは生きているが、他基地との連絡がつかなくなった。
緊急事態と判断し、ヘリを飛ばして周辺を偵察した。
北東には東京ドームがあったはずだが、中東風の巨大な宮殿がそびえていた。
西には新宿御苑があったはずが、広大な砂漠が広がっていた。
東の皇居があったはずの場所は火山が火を吹いており、国会議事堂や首相官邸のある永田町は底も見えない谷となっていた。
駐屯地の中には奇妙な穴ができた。
地盤沈下などによるものではない。
階段があり、明らかに人工的なものだった。
一小隊でその穴を調べることになった。
特殊作戦群の一員であった私が隊長に選ばれた。
そこは奇妙な野生生物で溢れていた。
現実には存在しない、物語の中にしかいないはずの怪物たち。
89式5.56mm小銃をマガジンが空になるまで撃ち込んでも倒れない巨人。
01式軽対戦車誘導弾を叩き込んでもびくともしない恐竜。
軍事の常識が通用しない怪物たちに我々は苦戦した。
そのうちに、ガソリンも弾薬も切れた。
ヘリも戦車も小銃も火砲もすべてただの鉄くずに成り下がった。
しかし、穴に挑まなければならない状況に変わりはない。
どういうわけだか、穴の中には資源がある。
食料や安全な水、煮炊きに使える燃料などが手に入るのだ。
ナイフや銃剣、スコップを手に穴に潜る。
【お、軍人さんがおるやん】
【軍人じゃなくて自衛隊やな】
【一緒やろw】
【ミリオタきんもw】
隊員たちが「コメント」と呼ぶ幻覚が見えはじめた。
ダンジョンリンクなるインターネットのようなものが情報機器に表示された。
ダンジョンポイントというものと引き換えに物資を売る行商人も現れた。
「まいどー。メルカト寺院のもんです。入信してくれはったらご信者さん割引がつきまっせ」
行商人の男は、彫りの深い整った顔立ちをしていた。
推測だが、中東系だろうか。
売るものは普通の小麦粉やパン、香辛料などの食料品をはじめ、筆記具や衣料などの日用品、雑誌やゲームなどの娯楽品、振りかけるだけで傷が治る液体など多岐にわたった。
到底、現実とは思えない出来事の連続だった。
だから、現実離れした発想が出てきたのだと思う。
「我々は、市ヶ谷臨時政府を自称する。失われた政府機能を我々が一時的に代替するのだ」
幕僚長の言葉に耳を疑った。
それではクーデターではないか。
「我々が統制権を持つわけではない。民主主義的手続きに則って選ばれた防衛大臣が筆頭である。民意の承認が得られたものと判断し、司法立法行政警察自衛権の執行を臨時に代行するものである」
発表された組織図の頂点には、たしかに防衛大臣の名が書かれていた。
しかし、防衛大臣の行方を知るものは誰もいなかった。
「周辺住民の救護および支援任務は引き続き継続する。加えて、ダンジョン探索と配信を正式な任務とする。ジョブ<勇者>に覚醒したものを各小隊の隊長とし、一隊3から4名を基本編成とする。個別の人事については追って各自に通達する。以上」
ジョブ。
それはダンジョンを探索するうちに得られたものだ。
<勇者><黒魔法使い><弓使い><モンク><シーフ><Escrima><▨▦▨▩><סוֹפֵר><الخيميائي>……などなど、表記も何もめちゃくちゃで、法則性はまるで見えない。
しかし、私は<勇者>に目覚めていた。
私は小隊長になり、部下には<ゴム人間>と<ピアニスト>が配属された。
もうわけがわからない。
自称「市ヶ谷臨時政府」はダンジョンリンクを通じて広報をする。
政府機能が、秩序が保たれているふりをする。
地上にも、ダンジョンにも明らかに日本国民でなかったものがいる。
それでも自分たちは正当な日本政府の主権を受け継いでいると主張する。
魔王認定という制度ができる。
危険な敵性野生動物を<魔王>と呼称し、これを駆除する。
超法規的な治安出動という名目だ。
そうして、日本国民を守っているふりをする。
とんだ茶番だ。
みんな、心のどこかではわかっている。
わかっている。
そうしなければ正気が保てない。
わかっている。
そうしなければ矜持が保てない。
わかっている。
我々は
守るべきものがあってこその存在なのだ。
だから私は、<勇者>としてダンジョンに挑む。
あの金髪の敵性野生動物を駆除するために。
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