第53話 ボクは頭が悪いから
「お願いします! 第100層のフロアボスになってください! 何でもしますからぁぁぁあああ!!」
土下座でスライディングをしてくる女を初めて見た。
身体にフィットしたタイトスーツの女。
両手は拝むように名刺を握っている。
何なんだこれは?
「困惑されるのもわかります! 急なご提案をしてしまい、申し訳ありません! しかし、いまのままではレベルデザインが……難易度のバランスがおかしくなってしまうんです!」
女は石畳に額をこすりつけている。
何なんだこれは?
「あっ、申し遅れましたが、私はダンジョン運営公社のイッセンと申します。ヴォー様の活躍はずっと拝見しておりました。どんな強者も銀色の牙で一閃! あ、私の名前とかけたわけじゃないですよ。うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
女は自分のダジャレに腹を抱えて笑っている。
何なんだこれは?
「あの、まずはどういう人なのか教えてもらえると、いいのかなって思うんだけど」
アルプがおずおずと尋ねる。
こういう突拍子もないやつは、何をするかわからないからな。
とりあえず、ストレートに聞いちまうのもありだ。
「ああ、説明が不足しまして失礼しました。私はイッセンと申しまして、いわゆる
「俺はヴォーだ。首狩り兎のヴォー。『運営』っつーと、あのカメラとか作ってるやつのことか?」
「ええ! 理解が早くて助かります! カメラドローン、ダンジョンリンク、ダンジョンポイント……その手の文明的な仕組みは一通り弊社が整えさせていただいたと、そう考えていただいて問題ありません」
「へえ、そりゃすげえな」
実際、大変だったろう。
俺もありがたく使わせてもらっちゃいるが、考えてみりゃ、さっぱり原理はわからねえ。
こういう配信者がダンジョンのインフラを支えてくれてるってことなのか?
「そういや、最近メルカトんとこの行商が来ねえんだけどよ。それもどうにかなるのか?」
好奇心で尋ねてみる。
メルカト寺院の行商人は、来てくれるんならありがてえが、別に必須ってもんじゃない。
だが、どうも女の地雷を踏んでしまったようだ。
「メルカト……メルカト……メルカト……そりゃあ比べられますよね! 知ってます! あのタダ乗り野郎どもが! 生ビールの売り子みたいな格好もですね! 私の歳ってわかります!?
あなた方の基準で、地球ヒューマンの基準で例えるなら27ですよ! ああ! バーカ! バーカ! 女子はですね、だいたいこのへんから結婚とかやべえな! とか考えはじめるんです! いまの彼氏と結婚していいのかなとか。並行してマッチングアプリに登録しようかなとか。いまの職場に出会いはないなとか。つか、職場がめたくそ臭いんですよ! あいつら、簡易シャワーすら浴びずに寝るんすよ! マジわかります!? 職場の空気が酸っぱい気持ち!?」
「お、おう」
いよいよ本格的によくわからない話になってきた。
どうしたらいいんだ、これは。
こういうときに限って、役に立ちそうな魚じじいがいない。
俺とアルプは、ひとまず防御態勢に入る。
「ほんとアイツら、せめてボディタオルで身体を拭けって話なんですよ。ああ、わかりますよ。私だってちゃんとお風呂に入れてないですから。30分……いや、せめて5分でいいですよ。シャワーを浴びるくらいの余裕を! そういうの! くれ! 宇宙の破滅とか! 知らんし! 勝手に滅びろよ! ばーか! ばーか! アルラウネとか本気でひどいんだよ! うわぁぁぁあああん!!」
女が泣き出した。
これは……どうしたらいいんだ……?
あっ、アルプが女の背中をさすりはじめた。
「ごめんなさい。お姉さん、ボク、頭が悪いから、お姉さんの悩みはよくわかんないんだけど、お姉さんが大変そうだなってことだけはわかるよ。いつも、がんばってるんだね」
「むぎゃぁぁぁあああ!! がんばってる、がんばってるに決まってるじゃない!! がんばらなきゃ、いけないんだから!!」
「そっか。責任感が強いんだね。わかる、ボクもわかるかもしれない。ボクは弱いから、いつもヴォーさんの足を引っ張ってばっかりなんだ。一生懸命がんばって、ヴォーさんとちゃんと肩を並べたいと思ってるんだ」
「むぎゃぁぁぁあああ!!」
タイトスーツの女が、アルプの腹に顔を埋めて泣いている。
あー、これ、どうすりゃいいんだ?
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