最終話 わからないから、面白い
「んがぁぁぁあああごごご……すぴぴぴぴ……」
「うーん、ヴォーさん、ボク、足が痺れてきたんだけど」
「床に転がしときゃいいんじゃないか?」
「それもちょっと可哀想な気がして……」
イッセンを名乗った女は、アルプの膝枕で寝ていた。
会社や恋人、配信者などへの愚痴を支離滅裂に叫んだ挙げ句、糸が切れたように寝てしまったのだ。
「んごっ!」
「うわっ!?」
そして、時々いびきが止まる。
そのたびにアルプがびくっとしている。
ちなみに俺もびくっとしている。
「おせんに~キャラメル~ポップコーンに生ビールはいかがっすかあ~」
動くに動けずにいたら、半袖シャツに短パンの女がやってきた。
背中にはでかいビールサーバーを背負っている。
メルカトの行商人だな。
ちょうどいい、アルプに買い物を体験させてやろう。
「おい、あんた。こっち頼むよ」
「はい~、いま伺うっすよ~」
「生ビールと焼き鳥をくれ」
「毎度ありっす!」
ステータス画面を開き、決済する。
紙コップに生ビールが注がれ、亜空間ポーチから取り出された焼き鳥が渡される。
「アルプ、お前も何か買ってみろ」
「えーっと、どんなのがあるの?」
「毎度っす! 品揃えには自信があるっすよ~。<メニューオープン>!」
行商人の前に、膨大なリストが浮かび上がる。
食料品や飲み物の他、武器や防具も大量に並んでいる。
「わっ、こんなにあるの!?」
「はいっす! このポーチはダンジョンマーケットの倉庫と直通っすからね! 常時百万点以上の品揃えっすよ!」
あまりに膨大な量に、アルプは戸惑っている。
じっくり見てたらそれだけで日が暮れちまう。
「何かおすすめはあるのか?」
助け舟を出してやると、行商人は満面の笑みで応じる。
「お食事でしたら、このたこ焼き、お好み焼き、焼きそばセットがおすすめっす! バラで買うと1500ダンジョンポイントのところ、セットなら1000ポイントになっちゃうっす! お得っすよ~」
「えっと、じゃあ、とりあえずそれ。あと、生ビールっておいしいの?」
「試してみたらどうだ」
「うん、それじゃ生ビールもひとつ」
「毎度っす!」
手際よくビールが注がれ、紙パックに入った料理が差し出される。
「んがっ!? 美味しそうな匂い……」
あっ、イッセンが起きた。
よだれを垂らしながら並んだ料理を見つめている。
「そういえば、一昨日からエナドリとお菓子しか食べてなかった……。オレにも生ビールと焼き鳥と、何かどんぶりものください」
「新製品の明太高菜チャーハン牛丼がおすすめっすよ!」
「じゃあそれで。大盛りできる?」
「できるっす! ちょっとだけ調理時間もらうっす! ビールと焼き鳥は先にお出ししていいっすか?」
「うん、そうしてちょうだい」
行商人はホットプレートを取り出すと、米と具材を炒めはじめた。
その横で、イッセンは焼き鳥をがつがつ食い、ビールをぐびぐびと飲んでいる。
「はい、おまたせっす! 明太高菜チャーハン牛丼、大盛りっす!」
「ありがと。じゃ、生追加で」
「毎度っす~」
えらくピッチが速いな。
俺はまだ半分も飲んでないぞ。
アルプは一口ずつ飲んでは首をかしげている。
ビールは飲みつけねえと旨さがわからねえからな。
だんだん慣れていけばいい。
「あらァん? 宴会でありんすか? せっかくならわっちも呼んでおくんなし」
蛇体を引きずって現れたのはジョカだった。
この歯医者は、往診という口実でアルプをからかいに来るのだ。
「この声は……ジョカ先輩!?」
「げえっ!? イッセン!? なんでこんなところに!?」
「それはこっちのセリフれすよ! 先輩が会社辞めて大変なんれすからね! 戻ってきてくりゃさいよ!」
「ちょっ、あんた酒臭いわよ!? 何杯飲んだの!?」
「何杯って、ごー、りょく,なにゃ……いっぴゃい!」
呂律が回ってねえ。
床を見ると、10個以上の紙コップが散乱していた。
行商人はにこにこしながらサーバーを構えている。
「とにかく、会社には戻らないわ。あんなところにいたら体壊すし、婚期も絶対逃すもん」
「しょーなんれすよ! 汗くしゃい男しかいにゃいし、有給どこりょか定休もとれにゃいし、にゃんにゃんでしゅかあの地獄!」
「イッセンもやめちゃえばいいじゃない。せいせいするわよ」
「やめりゅ……やめりゅ……やめれいいんれすか?」
「問題ないわよ。どうせ四次受けだったし、回らなくなったら他の外注に依頼が移るだけよ」
「しょ、しょっか……やめれも……いいんにゃ……」
イッセンがぶわーと泣き出して、ジョカに抱きついている。
ジョカもすっかりテンパって素が出てるな。
俺は焼鳥の串で歯をせせりながら、生ビールのお代わりを頼んだ。
すると、少し頬を赤くしたアルプが小声で聞いてくる。
(ねえ、ヴォーさん、これ、何が起きてるの?)
(さあな。俺にもわからねえ)
(ダンジョンって、わからないことがいっぱいだね!)
(ああ、わからないことだらけだ。だが、面白いだろ?)
(うん、おもしろい!)
(面白いっていえばそうだな……チューハイも飲んでみるか?)
(チューハイ? どんなもの?)
(論より証拠だ。おーい、りんごサワーひとつ)
(毎度ありっ!)
(わあ、甘くて飲みやすいや)
(その代わり、飲みすぎやすいから気をつけるんだぞ)
(わかった!)
【わ、インキュバスきゅんがお酒飲んでる!】
【未成年飲酒は犯罪です】
【おっ、爆乳ラミア先生までいるじゃないか!】
【あの抱きついてるスーツのひとだれ?】
【さあ?でもけっこうしゅっとした美人さんやねえ】
【女の子の泣き顔ってそそるよね】
【通報しました】
【通報しました】
【通報しました】
気がつけば、何十機ものカメラドローンが俺たちを囲んでいた。
コメントが視界を覆ってめちゃくちゃめんどくせえ。
「おい、酒くらい静かに飲ませろ」
【兎がしゃべった!?】
【兎があぐらかいてビール飲んでる!?】
【声が渋くてワロタwww】
【わいらも飲みに行っていい?】
「知るか。勝手にしろ」
【うさたんもふもふしたいっちゅ】
「首飛ばすぞ、ボケが」
【うさたん、口調が893で笑うwww】
ごちゃごちゃやってるとマジで配信者がひとり、またひとりと増えていきやがる。
見知った顔もぼちぼちわいてきやがった。
「こんにちわー☆゛ 星空あかりですっ☆゛ 今日はー、オンライン飲み会をやってるってことなので凸りにきちゃいましたっ☆゛」
【あかりんだー!】
【髪留め変えた?】
【今日もきれっきれだねえ】
オンライン飲み会なんてやってねえよ。
白装束の巫女が踊り歌いながらビールを飲んでいる。
魔法が弾け、派手なエフェクトを発生させている。
「なんでモンスターと人間が宴会してんの……?」
【あっ、吉竹だ】
【浅井と馬場もいるぞ】
【最近人気出てきてるよな】
【体型がエロい(婉曲表現)からなあ】
いつか、別の配信者に襲われていた女もやってきた。
使い込んだ皮鎧と、片手剣に小型盾。
見込んだ通り、こいつはまっとうに強くなるタイプだったな。
仲間が二人いる。
長身で細身の女と、背の低い目付きの悪い女が仲間のようだ。
長身の女は和服……おそらく、ジョブは<サムライ>だな。
背の低い方は黒づくめ……おそらく<ニンジャ>だろう。
気配を消して俺の柿ピーを盗み食いしようとしてきたのでその手を払う。
ダンジョンが揺れる。
天井からみしりみしりと音がする。
砂埃が落ちてくる。
嫌な予感がし、アルプを連れて宴会の中心から離れる。
「けもぉぉぉおおおんんん♡♡♡ 楽しそうだけもん♡ けもんも混ぜてほしいけもん♡」
「だ、誰か……余を助けてくれ……」
天井が崩れ、瓦礫が積もる。
何人かの配信者が巻き込まれて潰れる。
瓦礫の中から異形の配信者が立ち上がる。
その手には、性も根も尽き果てた様子のサイボーグがぶら下げられていた。
「あっ、あかりちゃんだけもん♡ おひさしぶりだけもん♡」
「けもに~にゃ♪さん! おひさしぶりですっ☆゛ またコラボしましょうよっ☆゛」
「余を、余を……誰か……」
【けもんとあかりんのコラボ……こらは滾る!】
【どんな企画やるの?】
【誰かサイボーグ男にもかまってやれよwww】
もはや何がなんだかさっぱりわからん。
俺はポテトチップスをかじりながら、アルプに帰ろうかと声をかけようとし――
「お兄ィィィイイイちゃァァァアアアんンンン!!」
「うわぁぁぁあああ!?」
鞭とノコギリを持った幼女がアルプに向かって突進してきた。
首のうしろに蹴りを入れ、失神させる。
「さて、帰るか」
「うん、わけがわからない感じになっちゃったし」
「忘れもんはないな?」
「うん、こんなのも買っちゃった」
アルプが見せたのは、焼酎の一升瓶とデカいスルメだった。
なかなか渋いものを買う。
巣穴の七輪で炙って、七味マヨネーズで食おう。
このダンジョンはわからないことだらけだ。
だが、焼酎とスルメが合うことだけは間違いなくわかる。
(首狩り兎:第一部完)
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