第52話 イッセン

 時空大震災、次元大破断、ダンジョンインパクト、迷宮災害、大異変、宇宙間衝突――呼び名はいくつもある。

 ともあれ、そういう事件が起きた。


 観測できるだけでも23もの並行宇宙が衝突していた。

 場所は一点、太陽系第三惑星、地球。

 各宇宙の基盤定義にひびが拡がっていく。

 このままでは、すべての宇宙が崩壊する。


 だから、第七宇宙(第七とは便宜上の呼称だ)のハイエルフが大魔法を放った。

 世界樹ユグドラシルの根を、すべての宇宙を貫通するように伸ばし、なんとか固定した。

 それから、第九宇宙のハデスと、第四宇宙のミノスが根の中に空間を作った。

 人間や魔物を行き来させ、に栄養を行き渡らせるためだ。


 第二十三宇宙のオレたちは、カメラドローンを作った。

 ダンジョンリンクを作った。

 ダンジョンポイントを作った。

 ダンジョンチューブを作った。

 ダンジョンマーケットのプラットフォームを作った。

 ぜんぶ、ぜんぶぜんぶぜんぶタダ乗りされた!!


 あー! っざけんじゃねえよ!

 何日徹夜したと思ってるんだ!

 何ヶ月家に帰れなかったと思ってるんだ!


 ああ、ああ、セキュリティが甘かったのは認めるよ。

 他の宇宙の連中が好き放題改造するせいで、ぜんっぜん意図通りに動いてない。

 チートはやめろ!

 バランスがぶっ壊れるだろ!

 お互いの宇宙がぶっ壊れないようにするために作った仕組みだろ!?

 お前らはなんでそれで遊びはじめるんだよ!?

 正気か!?

 脳みそついてんのか!?


 叫びながら、キーボードを何度も叩きつける動作をして(実際には叩かない、壊れるから)、ふうふうと深呼吸をして、それから共用冷蔵庫に行って、エナドリを一本飲み干す。

 ああ、カフェインと糖分が身体に浸透していく。

 脳みそに栄養が染み渡っていく。


 ああ、落ち着いた。落ち着いたさ。

 取り乱して悪かったな。

 エンジニアは冷静じゃなくちゃならない。

 営業がめちゃくちゃな条件で案件を取ってきた時も、冷静に舵取りしてソフトランディングさせるのがエンジニアの矜持ってもんだ。


 派手な干渉は好ましくない。

 自然状態で安定するのがベストだ。

 話題が自然に建設的な方向に向かうよう、最低限の書き込みをする。


 いわゆる、カオス理論の応用だ。

 北京の蝶の羽ばたきが、ブラジルでハリケーンになるってアレだ。

 最小限の介入で、最大の効果を発揮する。

 エンジニアの美徳は怠惰だ。

 なるべく怠けるために、より小さく、より効率的で、より美しいシステムを目指す。


 そう、目指してたんだよっ! この馬鹿野郎!

 何なんだ!? 何なんだ!? このモン虐民とかいう連中は!?

 脳みそついてんのか!? 神経索しかねえんじゃねえのか!?

 脊髄反射だけで生きてるんじゃねえだろうな!?

 何が『インキュバスたん、(*´Д`)ハァハァ』だ!

 兎を! 兎を見ろよ!!

 あいつのせいで難易度調整バグってるんだよ!

 対策取れよ!

 少なくとも怖がれよ!

 カメラドローンも兎を撮れよ!

 インキュバスばっかり撮ってんじゃねえよ!


 いや、視聴数が見込める絵を撮るよう設計したのオレたちだよ。

 それは認める。それはオレたちのせいだ。

 あの兎はだいたい一撃決着だからな。

 見どころが少ないのはわかる。

 兎がぴょんたんぴょんたん跳ねて、次の瞬間に首がすっ飛んでる。

 そんな映像ばっかりだからな、つまんねえよな。


 でもさぁぁぁあああ!

 ずっと紐ビキニ(最近は黒タイツも履いている)のインキュバスばっかり舐めるように撮ってるってどうなのよ!?

 どう考えても学習データが悪い!

 お前ら、エロコンテンツ好きすぎるだろ!

 どうして!

 お前らは!

 AIが登場すると!

 真っ先にエロいことをさせようとするんだよ!


 ああああ……ついに<勇者>までやられてるじゃねえか。

 もう完全に12層の難易度じゃない。

 他のダンジョンなら最深層どころかラスボス部屋のレベルだ。


 兎! お前も! いい加減そんな浅層にいるんじゃねえよ!

 イワナ坊主とかも50層から上がってくるんじゃねえ!

 他にもバグやチートみたいなやつが何体も……。


 配信者どもは悪ふざけにしか興味がない。

 モンスターどもは基本的に戦闘狂。

 こんなので統制が取れるわけねえだろうが!

 会議で! 何度も! 要件定義をはっきり決めろって言ったろうが!

 何がアジャイルだよ! 何がスクラムだよ!

 ミスが許されない大規模開発はそれじゃダメなの!

 超天才的マネージャーでもいないと結合部分でぶっ壊れるの!

 仕様段階で九龍城砦みたいなスパゲティになって、どうしようもなくなるの!


「むぎゃぁぁぁあああ!!」


 オレは思わず大声を上げて、両の拳を突き上げて立つ。

 それでも、誰もオレを見ない。

 血走った目でキーボードを叩いている。

 オレはつかつかと歩いて、課長の席に行く。


「現場、見てきます」

「はい、ご苦労さま」


 課長も一心不乱にキーボードを叩いている。

 はい、という返事も条件反射だ。

 この数ヶ月、「はい、ご苦労さま」という言葉以外聞いたことがない。


 まあ、とにかくデバッグだ。

 いや、難易度調整?

 最近、こういう言葉の細かいニュアンスで悩むことが増えた。

 思考にかすみがかかっている感覚だ。

 ああ、こうやって思考が脱線するのもだな。

 集中力が落ちてる。

 ひとまず、日暮里12層だ。

 標準アバターを生成し、それに主観を転写してダンジョンに潜る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る