第56話 イワナ坊主 vs プロレスラー

 俺がアルプを連れて共用広場に着いたときには、最終試合を前にして、会場の盛り上がりは最高潮に達していたらしい。

 そこらじゅうで酔っ払いどもが歓声を上げ、酒を飲み、飯を食らい、興奮して殴り合いをしているものたちもいる。


 ぴょんたんと高く跳ねて辺りの様子を見る。

 ひしめく配信者と魔物たちの頭の先に、ロープで囲まれたリングが設置されていた。

 その上にはトビホタルイカが何匹も飛び交い、リングを照らしている。


「うわぁ、ヴォーさん。すごい混んでるね」

「ダンジョンにゃ娯楽がねえからなあ。物珍しいんだろうよ」


 屋台で適当に飲み物と食い物を調達しながら、人混みを縫って小高い岩場に登る。

 途中でアルプのケツを撫でようという手が何本も伸びてきた。

 が、アルプは表情ひとつ変えずに短剣でそれを切り落とす。

 手首を無くした配信者どもが悲鳴を上げるが、すぐに近くの配信者に殴られて気を失う。


 ちょうどよく平らになっている場所を見つけ、腰を下ろす。

 俺は缶ビールのプルタブを開け、アルプはチューハイの缶を開ける。

 軽くぶつけて乾杯だ。


 肴をつまみながら待っていると、突然照明が落ちた。

 アップテンポのテクノミュージックが大音響で鳴り響き、スモークを割って大柄な人影が歩いてくる。スモークを抜け、ロープを軽々と飛び越えて入場したのは筋肉で膨れ上がった男だった。逆三角形の身体に薄っすらと脂肪がのった実戦向けの仕上がりになっている。


『青ぉーコーナぁー! 地上から来た刺客。遅れてきた新星。そびえ立つ筋肉の移動要塞。クロガネ・ザ・フォートレスーーーッッ!!』


 体の芯から湧き立つ強者の匂い。

 思わず牙がうずいてしまう。


 再び照明が落ちる。

 さらさらと水の流れる音がする。

 それに混じって、笛につつみ、琵琶などの音色が響く。雅楽だ。正月でもあるまいし、なんとも時代がかった選曲だ。通路に川が現れ、袈裟をまとった人影がその上を滑ってリングに飛び込む。


『赤ぁーコーナぁー! やめなされ、やめなされ。そんな漁はやめなされ。正体不明の環境モラリスト、魚の顔で何を想うっ!? 誰が呼んだか――イワナァー坊ぅー主ぅー!!』


 魚じじい……何をやってやがる。

 おごってやるから絶対に来いと言っていたが、こういうことだったのか。

 達観したように見せて目立ちたがりだからな、あのじじい。

 あっ、両手を上げて観客にアピールしてやがる。

 相変わらず何を考えているかわからない魚顔だが、内心で得意げに思っているのは間違いない。


 入場が終わると、レフェリーが二人をコーナーに下がらせる。

「1R」と書かれたパネルを掲げているのは……ジョカだった。

 上下セパレートの水着を着て、蛇体をくねらせながらリング上を練り歩いて(?)いる。


「イワナのおじいちゃんもジョカさんもかっこいいね!」

「お、おう。そうだな」


 アルプは素直に感心しているようだ。

 楽しんでいるならそれでいい。

 わざわざ俺が野暮を言うこともないだろう。


 ゴングが鳴り、クロガネという人間と、魚じじいがじりじりと間合いを詰める。

 牽制しながら両手を合わせ――お、組んだ。手四つの形だ。

 パッと見は力比べの形だが、あの魚じじいがそんな簡単に済ませるはずがない。

 組みながらもわずかな動きや体重移動でクロガネに誘い・・をかけている。


 だが、クロガネは乗らない。

 重心を崩さず、均等に圧力を高めていく。

 まるで巨大な城壁がそのまま迫っているようだ。

 気がつけば、魚じじいはロープ際まで押し込められていた。

 無表情なじじいの目に、焦りの色が浮かぶのが俺にはわかった。


「ほっほっほっ、やめなされ、やめなされ」


 じじいが不敵に笑う。

 何か仕掛ける気だな。


 ――ぶしゃあっ!


 次の瞬間、じじいの口から緑色の霧が吹き出された。

 強烈な刺激臭が漂ってくる。

 この刺すような臭いはジンジャーマンドラゴラの汁だな。

 かなり距離があるのに鼻がもげそうだ。

 アルプも鼻を押さえてしかめっ面をしている。


 毒霧攻撃……。

 いや、別に俺たち魔物の戦いに卑怯もへったくれもないんだが……。

 さすがにこれは違うんじゃないかと観客からブーイングが巻き起こる。


 しかし、じじいはどこ吹く風だ。

 顔を覆ってたたらを踏むクロガネに追撃を入れる。

 両手を重ねた掌底――虎砲こほうをみぞおちに叩き込んだ。

 クロガネの巨体が、ロープまで吹き飛ばされる。

 反動で戻ってきたところに合わせ、今度は顔面に掌底を――空振りする。

 クロガネが身をかがめてかわしたのだ。

 そしてその腕に自分の腕を絡め、浮かすようにして投げる。

 カウンターのアームホイップだ。

 二人の体が浮き、激しい音を立ててマットに落ちる。


 不意打ちのカウンターだ。

 じじいの反応が一瞬遅い。

 クロガネの太い身体が蛇のようにじじいの腕に絡みつき、肘関節を決める。

 流れるような腕ひしぎ十字固めだ。

 靭帯からぴしりと嫌な音がする。

 じじいが慌ててタップした。


 レフェリーが割って入って試合終了。

 終わってみれば、1ラウンド48秒の秒殺KOだ。

 あの魚じじいを何もさせず(反則除く)に仕留めるとは――あの男、想像以上の強者のようだ。


「プロレスか。思ったより面白そうだな」

「うん、すごく面白かった! 次はいつやるのかな?」


 俺とアルプでは、面白い・・・の種類がちょっとばかり違ったようだ。

 俺はぴょんたんと実況席の方へ向かい、次の出場選手の選考について聞きに行くことにした。


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というわけで、新作とのクロスオーバーでした。

新作の方もひとつご贔屓のほどよろしくお願いします!


▼迷宮プロレス道 ~伝説のおっさんレスラー、ダンジョン配信で無双する~

https://kakuyomu.jp/works/16817330660374484279

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首狩り兎のダンジョンチューバー滅殺日記 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai

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