第24話 俺の人生どうなるの?退職金は?年金は?

 ダンジョン解放連盟鮮色地区支部長。

 それが我の肩書だ。

 30年、ダンジョン解放連盟で働き続けてやっと手に入れた勲章だ。


「シニア・エグゼクティブ様、偵察から戻りました」

「うむ、ご苦労」


 エルゴノミックデザイン人間工学に基づいた椅子に背を反らし、戦闘員の話を聞く。

 もちろん、片手にはブランデーグラスを持っている。


「シニア・エグゼクティブ様、基地の周りはめちゃくちゃでした。さっぱりわけがわかりません」

「なんだと! そんなわけがあるか!!」


 ブランデーグラスを握りつぶす。

 紫色の液体が手を汚すが、必要経費だ。

 ま、中身も安物の赤ワインだし惜しくはない。


「シニア・エグゼクティブ様、本当にそうなのです」

「ぐぬぬ……ならば我自らが打って出る……!」

「はい、そうしてください」


 こんなに迫力を出しているのに、戦闘員は塩対応だ。

 もっとビビれよ。

 我は三十年物の大幹部なんだぞ?


 オフィスビルに偽造した基地を出る。

 なーにが、基地の周りはめちゃくちゃだ。

 なーにが、さっぱりわけがわかりませんだ。

 我はそんな言い訳なぞ許さん。


 エントランスを出た。

 すると我の前には見たことのない光景が広がっている。


「なにこれ?」

「なんでしょうね?」


 一面に広がる熱帯雨林。

 あれ? うちのビルって、商店街の中にあったよね?

 あっ、なんかあっちから猛獣の遠吠えみたいのが聞こえる。

 なにこれ、なにこれ、なにこれぇぇぇえええ!?


「戻るぞ」

「はっ、どこに?」

「基地の中だ。決まっておろう」

「はっ!」


 ビルの中に戻る。

 どうなってんのこれ?

 俺の人生どうなるの?

 退職金は?

 年金は?

 秘書の戦闘員がなんか不審げに見てる。


 あっ、とりあえず仕事してるふりしなきゃ。

 パソコンを立ち上げる。

 インターネットを見る。

 とりあえず、黄桜かっぷちゃんのHPを見て落ち着こう。

 今年10歳になる我の姪っ子だ。

 ジュニアアイドルをやっている。

 最近おっぱいが膨らんできているんだよな。

 誕生日にはブラジャーをプレゼントしようかな。


 あれ……つながらないぞ……?


「インターネットがどうもおかしいようだ。大規模な異変のようだな」

「はっ、いま現在調査中です」


 なんっっっで! 俺より先に異変に気づいてんだよ!!

 こういうのは大幹部の俺が先に気づいて指示を出すやつだろ!!


「ふふふ、優秀な部下を持つと仕事の負担が減る」

「はっ、我々も神輿が軽くてありがたく思っております」


 ふむ、やはり我は理想の上司なのだな。

 このまま定年まで勤め上げて、年金で悠々自適の老後を送ろう。


 ……あ、待て。

 大幹部と言えどもノルマはある。

 ダンジョンに潜って配信をしなければ勤務評定が下がってしまう。


「ところで、重要な報告を忘れていないか?」


 我はことさらに背もたれに体重をかけ、低い声で告げた。


「はっ、ダンジョンですが、最寄りでは北東2キロメートル地点に入り口があるようです。しかし内部の様相は一変しており――」


 すっごい長々と説明された。

 正直、ぜんぜん頭に入らなかった。

 あのさあ……パワポ作ってよ。

 紙芝居じゃないと頭に入ってこないのよ。

 ああ、グラフにしてないエクセルもやめて!

 数字がいっぱい並んでると頭痛くなるの!!


 ――なんて、本心はとても口に出せない。


「うむ、見事だな。では、これから我らはどう動くべきだ? 貴様にはわかっておろうな」


 我にはぜんぜんわからないので無茶振りしてみる。


「はっ、シニア・エグゼクティブ様。未知のダンジョンに挑まなければならぬ以上、戦力の増強が必須です」

「ふふ、わかっているではないか。で、具体的にはどうする?」


 そっか、右も左もわからない状況なんだから、やっぱ戦力は増強しないとな。

 いや、我にもわかってたけど。

 言われる前に気づいてたけど。


「はっ、現在のインターネットは、『ダンジョンリンク』なるものと通じた掲示版のみにしか接続できず、多くの人間が利用しているようです。これを利用して構成員を募集し、戦闘員や怪人改造手術に適合するものを探すのが良策なのではと愚考します」

「ふふ、貴様にしては上出来だ。その通り、やってみろ」

「はっ!」


 秘書戦闘員が部長室を出ていく。

 今後の方策がまとまって何よりだ。


 それにしても……これ、どうなってんの?


 * * *


「ヴォーさん、あっちで『イーッッッ!』って叫んでる人たちがいるんだけど?」

「最近増えたなあ」


 アルプの質問に、俺は耳のうしろをかきながら応じる。


「ああ言う人たちは、やっつけなくていいの?」

「アルプがやりたいんなら、かまわねえぞ」

「うーん……」


 アルプは腕を組んで考え込んだ。

 いい傾向だ。

 格下とやりあっても面白いことなんてない。


「なんか、違う感じがする」

「なら、ほっとけ」

「わかった!」


 ……って言った矢先に何なんだが。

 あまりにイーイーうるさいから十数人ほどの首をすっ飛ばした。

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