第25話 ガンバスター戦略の基本だ。戦力の逐次投入など愚の骨頂だ

 私はここ1ヶ月ほどの結果をまとめたレポートを提出した。

 支部長の秘書として、この瞬間が一番楽しい。

 かわいい支部長とたくさんお話ができるのだ。


「再生数がまったく伸びんな」


 レポートを見ながら、支部長が椅子に反り返ってつぶやく。

 ぽっちゃりと中年太りしたお腹がかわいい。


「まあ、我にはわかっていたことだが。さて、お前ならこの状況、どう考える?」


 ブランデーグラスを不器用に回しながら尋ねてくる。

 さも、「自分はなんでも知っているんだが、部下を鍛えるために質問をしているんだぞ」という姿勢を見せたい気持ちがありありと伝わってきてかわいい。


「はっ、現在は下級戦闘員を中心に偵察を行っており、映え・・がしないことが原因かと」

「ばえ?」


 しまった、つい若者言葉を使ってしまった。

 おじさんである支部長にはこれでは伝わらない。


「失礼しました。動画の見どころが少ないことが原因だと思われます」

「おお、おおそうか。たしかに、下級戦闘員ばかりではばえ・・ないな。もっとばえ・・る映像が撮れるようにしなければならん」


 聞いたばかりの若者言葉を無理に使おうとするの、かわいい。

 少し待ったが、続く言葉は何もない。

 あっ、これは私が案を出すのを待ってるやつだな。

 何か言うと、「ふっ、よくわかったな」とか言うやつだ。


「戦力の逐次投入を避け、全戦力でダンジョン攻略に当たるのも一案かと」

「ふっ、よくわかったな」


 一言一句予想通り!

 うふふ、私の支部長解釈は間違ってなかった。


「ガンバスター戦略の基本だ。戦力の逐次投入など愚の骨頂だ」


 ランチェスターです、なんて無粋なツッコミはしない。

 支部長は今後、何度も何度も「ガンバスター戦略」と口にして、色んな人に微妙な顔をされるのだろう。

 そしてそれに気が付かないまま何年も経つ。

 あるとき、ネットの記事かなんかで「ランチェスター戦略」であることを知って身悶えるのだ。

 うふふふ、かわいい。


「全戦力で突入するぞ。防備の備えは要らん。ヒーローどもも現れんしな」

「はっ、承知しました」

「念のため、現有戦力をまとめて報告せよ」

「はっ」


 現在の戦力は、戦闘員が下級から上級合わせて181名。

 怪人はぴったり10名だ。

 蝙蝠怪人バット・バッデス、蜘蛛怪人スパイディ・ダーマ、深海怪人ダイオウ・テンタクルス。猛虎怪人ティガ・タイガー、獅子怪人ライオニダス、関取怪人オーゼキング、蟷螂怪人マンティス・シザース、侍女怪人ジージョ・レディ、将軍怪人オトーサマー、百足怪人センチピードレス。


 支部長は本当に部下にだけは恵まれている。

 どの怪人も組織の中でトップクラスの実力者だ。

 ちなみに、マンティス・シザースとジージョ・レディとはこっそり支部長の同人誌を作っている。

 解釈違いでちょっとした喧嘩になることもあるけど、それも含めて楽しい。


「では行くぞ。我も直々に参る!」

「はっ」


 中年太りのお腹をぽちょぽちょ揺らして支部長が立つ。

 ああ、かわいい。


 緊急招集をかけて、全軍でダンジョンに潜る。

 さすがにこれだけの大所帯だとカメラドローンもたくさんついてくる。

 これなら再生数もうなぎ登りだろう。

 でも、あんまり評価が上がると支部長が本部に栄転しちゃうかも……。

 それを考えるとちょっと複雑な気分になる。


「イーッッッ!?」

「イーッッッ!?」

「イーッッッ!?」


 前の方がうるさいな。

 私は支部長の洋梨みたいな後ろ姿を堪能するのに忙しいのに。


「イーッッッ!?」

「イーッッッ!?」

「イーッッッ!?」


 戦闘員たちの奇声が近づいてくる。

 ああ、もう、何があったっていうの?


 背伸びして、戦列の前の方を見てみる。

 黒い目出し帽を被った頭がポンポンと宙を舞っている。

 戦闘員の首だ。


 ポンポン。

 ポンポンポン。

 ポンポンポンポン。


 あちこちで吹き上がる血の噴水。

 次々に倒れていく戦闘員の身体。

 その向こうには、金色の短剣を振るう美少女。

 全身に血を浴びて、薄っすら笑みを浮かべている。


 ポンポン。

 ポンポンポン。

 ポンポンポンポン。


 銀色の牙を光らせる兎。

 ぴょんたんと跳ねる度に、3つ、4つと首を飛ばす。


 ポンポン。

 ポンポンポン。

 ポンポンポンポン。


 噴水が、近づいてくる。

 バット・バッデスの首が舞う。

 スパイディ・ダーマの首が舞う。

 ダイオウ・テンタクルスの首が舞う。

 ティガ・タイガーの首が舞う。

 ライオニダスの首が舞う。

 オーゼキングの首が舞う。

 マンティス・シザースの首が舞う。

 ジージョ・レディの首が舞う。

 オトーサマーの首が舞う。

 センチピードレスの首が舞う。


 そして支部長の首が舞う。


 ポン。


 視界が高くなる。

 うわあ、みんな首がなくなってる。


 視界が低くなる。

 視界がぐるぐる回る。

 それから……だんだん……暗く……


 * * *


「ああ……ったく、やっと片付いたぜ」

「ヴォーさん! ボク、42人もやっつけた!」

「ああ、上出来だ」


 そそらない雑魚どもだったが、いかんせんうるさすぎた。

 イーイーイーイー奇声を発して何がしたいんだ?

 とはいえ、アルプに経験を積ませるにはちょうどいい相手だったのかもしれない。


 それにしても、ダンジョンに大軍で挑むなんて馬鹿をするとはな。

 何人か強者がいたが、混乱に巻き込まれて実力を発揮できていなかった。

 弱者と強者が入り交じると、足の引っ張り合いになる。

 実力の揃った精鋭で固めるのが基本だっつうのに。


「ヴォーさん、ヴォーさん、このタイツ、どうかなあ?」


 どうやら気に入る戦利品があったらしい。

 黒いタイツを履いたアルプが細い足を見せてくる。


「気に入ったんなら使っておけ。丈夫そうだしな」

「うーん、そういうことじゃないのに……」


 アルプが不満げに唇を尖らせる。

 反抗期……? あるいは思春期ってやつなのか……?


「かっこいいぞ。似合ってる」

「そう? やったー!」


 アルプはぴょんぴょんと飛んで喜んだ。

 まったく、子育てってやつは高レベル配信者よりも厄介だ。

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