第17話 サキュバスたん(*´Д`)ハァハァ 詳細キボンヌ

 天占官てんせんかんの報告により、その異常は判明した。

 天の川銀河の端、太陽系第三惑星地球で異常が起きている。

 並列宇宙のプレートが幾重にも重なり、巨大な時空震が起きたのだ。


「量子津波の可能性はあるのか?」

「はっ、それは現在調査中でして……」

「警報を出せ。余の臣民に万が一にも被害は許さぬ」

「はっ、ただちに!」 


 数刻後、凄まじい波動がプロキオン星系を襲った。

 余が統治する七つの恒星系すべてにだ。

 不幸中の幸いにして臣民への被害はなかったが、民心は不安に陥っている。


「これも、殿下が妃を迎え入れぬせいで天が怒っているのだという噂が……」

「なんだと?」


 眉を吊り上げると、天占官が縮こまって平伏する。

 まったく、意気地のない男だ。

 いくら文官とはいえ、それでも数多の銀河に名を轟かせるオルクスの男か。


 だが、妃は必要だ。

 父王は今年で八千歳を数える。

 まだまだ意気軒昂いきけんこうだが、万が一のことがあってもおかしくない。


双胴高速船カタマランを出せ」

「はっ!?」

「震源の調査に向かう。ついでに嫁も拾ってこよう」

「ははっ!!」


 地球と言えば、女神アステリアが依代を下ろした惑星だ。

 美しい女も多かろう。

 十光年余りの旅となるが、星の道行ガラク・ロードを辿れば三日もあれば着く。

 あの美しき女神が好んだ惑星がどんなものなのか、一度はこの目で見たいという気持ちもあった。


「殿下! 出港準備ができました!」 

「うむ、では行ってくる。ああ、護衛なぞ要らぬぞ」

「はっ!? そういうわけには……」

「人員は復興に回せ。それに余はひとりで旅も出来ぬと言いたいのか?」

「い、いえ、めっそうもございません……」


 這いつくばる文官を無視し、双胴高速船カタマランに乗る。

 操船AIに命じ、余は地球へと旅立った。


 * * *


 星の道行ガラク・ロードの移動中は退屈だ。

 極彩色の景色が流れていくが、そんなものは三分も眺めていれば飽きる。


 暇つぶしに地球の情報ネットワークに接続する。

 原始的な構造なのだが、ところどころ解析不明の技術が使われている。

 これも時空震の影響だろうか?

 並行宇宙の技術が使われているのなら興味深い発見があるかもしれない。


 データストリームに身を浸し、毎秒2テラバイトの情報を処理する。

 その中に、気になる映像があった。


 柔らかく、美しい金髪。

 流星の如き曲線を描く肢体。

 その白い肌は天の川銀河ミルキーウェイを連想させた。


 ごくり……と喉が鳴る。

 アステリアに出会って以来の……いや、それ以上の衝撃が背骨を走った。

 これこそが我が妃に相応しき存在。

 そうとしか考えられなかった。


 もっと知りたい。

 検索指向性を絞り、データストリームに深く潜る。


「『ここから先は有料コンテンツです』? なんだこれは?」


 双胴高速船カタマランの計算資源を総動員してハッキングを仕掛けるが、打ち破れない。

 正規の手段ではダンジョンポイントなるものが必要らしいが、それは地球現地のダンジョンとやらを探索しなければ得られないらしい。

 ここからでは、どうやってもこれ以上の情報は得られない。


 データストリームを探るうち、『掲示板』なるものの存在に気がついた。

 かの美しき乙女はサキュバス、あるいはインキュバスたんと呼ばれていた。

 初出がサキュバスであるから、おそらくこちらが正しい。

 インキュバスたんとやらは音韻変化などを経た方言であろう。


 しかし、受動的調査でこれ以上の情報は得られなさそうだ。

 原始知性体にまともに受け答えができるかわからぬが、物は試しだ。

 余、自らの問いに直答できる栄誉を与えてやろう。


 * * *


「『マジワロスwww 大草原不可避www』と」


 原始知性体どもの文化は簡単であった。

 一定のプロトコルに則った定形語を発するだけでほとんどのコミュニケーションは成立する。


「『サキュバスたん(*´Д`)ハァハァ 詳細キボンヌ』と」


 こんなことを書くだけで原始知性体どもは歓喜している。

 まったく、他愛もない連中だ。


 おっと、そろそろ地球に着くな。

 日が暮れる里、日暮里。

 さぞ侘びた風情のある街なのであろう。


 * * *


 日暮里とやらは廃墟であった。

 原始知性体が作ったのであろう建造物がことごとく砕かれ、生命の気配はなかった。

 なるほど、それで「日が暮れる里」か。

 さして面白くもない。


 ダンジョンとやらに入る。

 緑色の肌をした二足歩行の獣がさっそく襲いかかってくるが、高周波ブレードの一閃で両断する。

 データストリームを参照すると、これはゴブリンと言うそうだ。

 弱い。つまらぬ獣だ。


 豚のような頭をしたオークとやらを斬り倒す。

 赤銅の肌をした巨人――オーガとやらを斬り倒す。

 牛の頭をした巨人、馬の体をした半人、頭に皿を載せたぬめぬめした怪人を斬り倒す、斬り倒す斬り倒す。


 実につまらぬ。

 欠伸をしながら蜥蜴のような半人を斬り倒す。


 階段を降りる。

 通路を歩く。

 道の先から異様な臭気と、熱気と、調子外れの歌声が聞こえてきた。


「おにーんにん♪(おにーにん♪)おにーにん♪(おにーにん♪)ちんーこのでーかいー♪ けももんっ!(けももんっ!)」

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