第34話 固有スキル<波紋斬牙>が登録されました

「アルプ、そいつを回復の泉につれてやってくれ」

「わかった!」


 俺と配信者が対峙する。

 その隙を縫ってアルプがスキュラを救出する。

 配信者はおかっぱ頭を揺らしながら、とーんとーんと飛びながらタイミングを図っている。

 黄色いトラックスーツがこちらに飛び込んでくる。


「ほわったぁっ!」


 猛烈な蹴り。

 想像以上に伸びる。

 つま先が腹に触れる。

 衝撃が腹に響く。

 くそ、ほとんどかわしたのになぜだ?


「ほぉっほぉっほぉっ、わしは手を出さんぞ」

「うるせえ、元よりそんなつもりはねえよ」


 魚じじいは腕を組んで余裕の観戦モードだ。

 文字通りの魚ヅラだから、何を考えてんのかさっぱりわかんねんだよ。


「ひゅー……あたっ! あたっ! あたっ!」


 下段蹴り、飛んでかわす。

 中段蹴り、身を捻ってかわす。

 打ち下ろしの右拳、両腕で受ける。

 痺れるような衝撃が全身で木霊こだまする。


「ほぉっほぉっほぉっ、無駄が多いのう。水のように、流れるように、力には逆らわず、沿って流すのじゃ」

「手出ししねえって言ったろうが」

「口出ししないとは言っておらんのう」


 ああ、口の減らねえじじいだ。

 ただ、じじいの言うことにも一理ある。

 大きくかわすとその後の隙がデカくなる。

 小さく、小さくかわす。

 連撃の合間を縫って、牙を突き立てる。

 弾かれる。

 くそ硬ぇ。

 いつかの黄金野郎と同じ感触だ。


「ほぉっほぉっほぉっ、表面の硬さに囚われておるのう。世のすべては水じゃ。流れに身を委ね、時にそれを利用するのじゃ」

「うるせえ! 集中できねえだろが!」


 ――脇腹に衝撃


 やつの左拳が俺をかすめていった。

 かすっただけだってのに、腹の中に衝撃が走る。

 吹き飛ばされ、石畳に転がる。


「ああ、何度も食らってなんとなくわかってきたぜ……」

「ほわぁぁぁあああ?」


 俺は血を吐きながら立ち上がる。

 何か感じるものでもあったのか、アタタ野郎の足が止まる。

 俺は地を縫うように低く跳ぶ。

 やつの足が降ってくる。

 地面を蹴って直角に曲がる。

 低く跳んでりゃ融通がきく。

 その足に牙を立てる。

 通らない。

 両脚に力を込める。

 全身の力の流れを、牙に込める。


「ほわぁぁったぁあぁあああ!?」


 アタタ野郎の右足首から血を吹き出る。

 ちっ、浅手か。

 だが、コツは掴んだ。


「ふぉぉぉおおおおお……」


 足に怪我を負っても、アタタ野郎の動きは鈍らない。


「七星極拳の名を汚しおったな! 生意気なクソウサギめ! 我が奥義にて挽肉に変えてくれる!! 受けてみよ、<八卦飛蝗空掌はっけひこうくうしょう>!!」


 拳撃。

 手刀。

 孤拳。

 掌底。

 裏拳。 

 抜き手。

 一本拳。

 バラ手。

 肘打ち。


 あらゆる手技てわざの雨あられだ。

 激流のように俺を押し流そうと、押しつぶそうとする。


 だが、あえてそれに逆らわない。

 川に浮く落ち葉のように、風に吹かれる柳のように、それをいなしていく。


 このまま疲れを待つのもいい。

 確実に勝てるだろう。

 隙をついて首を落としてもいい。

 確実に勝てるだろう。


 ――だが、それじゃあ意味がねえ。


 背後に飛び、距離を取る。

 牙を剥き、見せつける。


「そろそろ飽きた。次で片付ける。受けてみろ」

「貴様ァッッ! 七星極拳を侮るかッッ!!」

「侮ってるわけじゃねえ。額面通りの値を付けてやっただけさ」

「きっ、貴様ァァァアアア!! 七星極拳を侮ったツケ、我が最強奥義<崑崙鉄山靠こんろんてつざんこう>を受けて支払ってもらおう!!」


 アタタ野郎の全身が硬化するのが見える――いや、感じる。

 そのまま凄まじい速度で突っ込んでくる。

 バカでかい鉄の塊が突っ込んでくるようなプレッシャー。


 一瞬、跳んでかわしたくなる気持ちが湧き起こる。


 だが、それを握りつぶす。

 この鉄塊を、たたっ斬る!


 真正面から飛びかかる。

 牙に衝撃。

 クソ硬え。


 だが、中身・・は硬くねえ。

 斬撃に意識を通す。

 これは波を割る船だ。

 川にさおさす一本の芦だ。


 二つの波紋が拡がって、流れを分かつものだ。


【System:スキル<波紋斬牙ウェイブファング>が登録されました】


 あ?

 わけのわからないコメントが脳内を走る。

 牙がアタタ野郎の身体を裂いていく。

 まるっきり素振りみてえだ。

 腹から二つになったアタタ野郎の胴体が、背後で倒れた。


「ほぉっほぉっほぉっ、何かを掴んだようじゃのう」


 肩で息する俺を見ながら、魚じじいが楽しげに笑った。

 ああ、ちくしょう。

 ここまであんたの読み通りってわけかい?

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