第33話 スキュラの鼻骨が潰れる。スキュラの眼底が割れる。スキュラの前歯が飛ぶ。

 北派七星極拳の歴史は三千年前にさかのぼる。

 およそ紀元前千年、殷周革命の時代にそれはおこった。

 時の皇帝、紂王ちゅうおうの暴虐に対抗するため、北派拳法八百八派が協力して練り上げた拳法だ。

 そして、それは文化大革命による拳法弾圧をも乗り越え、現代まで脈々と受け継がれている――


 ――否、受け継がれていた。


 いまや、北派七星極拳の正当伝統者は私ひとりになってしまった。

 なんとしても後継者を得なければならぬ。

 ゆえに、私は配信者となった。

 北派七星極拳の強さが轟けば、入門者が殺到するだろうと思ったのだ。


 今日ついてきているカメラドローンは1機か。

 まあ、仕方がない。

 私のチャンネル登録者数はまだ5万。

 せいぜい中堅と言ったところだ。


 ゴブリンが現れた。

 私の胸ほどの体高しかない小柄なモンスター。

劈掛掌ひかしょう>のデモンストレーションにはちょうどいいか。


 両腕を大きく円形に回す。

 左右の腕の連動がこの技の要諦だ。

 ゴブリンが突き出す錆びた短剣をかわし、遠心力を最大にして脳天に掌を打ち下ろす。


「アチョー!」


 ごじゃり、と骨と肉とかちぎれる音がする。

 ゴブリンの頭が胴体にめり込む。


【初アチョーいただきましたw】

【次はほわたぁを頼むぜ】

「む、コメント、感謝する」


 右手の拳を左手で包んで一礼する。

 抱拳礼ほうけんれいだ。

 北派七星極拳とは単なる暴力ではない。

 心を導くタオでもあるのだ。

 礼節を忘れてはならない。


 次に来たのはオーガか。

 身の丈は2メートル半ほど。

 赤銅色の肌が隆々たる筋肉で盛り上がっている。

 ふむ、これならば――


「ほわたぁっ!」


前掃腿ぜんそうたい>。

 身をかがめ、足払いを兼ねた蹴りを放つ技だ。

 オーガはどうっと音を立てて石畳に倒れる。

 そこにすかさず、<震脚>で首を踏みつける。


「ほわぁぁぁあああ」


 踏みつけた足にを通す。

 バキバキと頸骨の折れる感触がする。

 オーガが血を吹いて絶命する。


【ほわたっ、いただきました!】

【ほわぁもコンボだぜ!】

【一粒で二度美味しい!】

「コメント、感謝する」


 抱拳礼。

 次に出会ったのはスキュラだった。

 上半身は妖艶な美女。

 下半身は無数のタコの触手。


【あたたたーで頼むぜー】

「承知した」


 ずるずると這って逃げるスキュラを追う。

 頭を掴み、カメラドローンに向ける。


【うはっwすごい表情www】

【アチョーさんも見せ方がわかってきたな】

「うむ、ありがとう。皆のアドバイスのおかげだ」


 スキュラを放り投げ、壁に叩きつける。

 これならば、いつものウォールバッグ(壁に吊り下げるタイプのサンドバッグ)と変わらない感覚でやれるだろう。


「あーたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」


 左右の拳を高速で打ち込む。

 軽い連打ではない、重い連打だ。

 一打一打、腕を丸ごと放り投げる感覚で打つ。

 引き手でバランスを取りながら息が続く限り放ち続ける。

 終わることのない世界最強の連打。

 これが<链冲头レンチョンタウ>だ。

 詠春拳やジークンドーのチェーンパンチの元になった技。


 スキュラの鼻骨が潰れる。

 スキュラの眼底が割れる。

 スキュラの前歯が飛ぶ。

 頬骨が砕ける。

 上顎骨じょうがくこつがひび割れる。

 下顎骨かがくこつが無数に分かれる。


 しかし、スキュラは死なない。

 モンスターのいいところはこの生命力だ。

 師匠も、兄弟子も、門下生も、私との組手で練習相手に・・・・・ならなくなって・・・・・・・しまった。

 そのせいで、北派七星極拳の一門で生きているものは私だけになってしまった。


 ダンジョンなら、モンスターなら、いくらでも練習ができる。

 北派七星極拳の強さを知らしめることができる。

 いくらでも修練を重ねられる。


 一打一打、同接数が増えている。

 このまま再生数が伸びていけば、北派七星極拳の入門者も増えることだろう。

 北派七星極拳の強さが、世界に知られていくのだ。


 スキュラの顔面の骨はあらかた砕いてしまった。

 次はどうする?

 腹に<寸勁すんけい>でも打ち込んで見せるか?

 腹には傷がないのに、背中からはらわたが飛び散るというのは面白いのではないか?


 血を吐きながら、ぜーひゅーと息をするスキュラの髪を掴み、通路の真ん中に立たせる。

 壁際では絵が地味になってしまうからな。

 おお、カメラドローンが7機まで増えているじゃないか!

 運営もようやく北派七星極拳の価値に気がついたのだな。


 ――殺気


 首筋に悪寒が走る。

 咄嗟に<硬気功>で防御を固める。

 首筋に衝撃。


「おい、大概にしとけよアタタ野郎」


 殺気の主は、銀色の牙を持つ兎だった。

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