第50話 似た者同士

 紫電をまとった斬撃が飛んでくる。

 雷光の速度で飛んでくる。

 ダンジョンの床が、壁が、天井が弾け砕ける。

 空気が灼ける臭いが立ち込める。


「近隣配信者のみなさま、<ピアニスト>と<ゴム人間>が殉職しましたが、ご安心ください。<勇者>は必ず国民のみなさまの安全と秩序をお守りします」


 片手剣を振るう<勇者>は余裕の表情だ。

 カメラドローンに向かって能面のように微笑みかけている。

 俺は必死で避けてるってのに。


【なんでこんなスキル連発できるんだよ】

【勇者、チートがすぎる】

【ウサギなんかにかまってないでインキュウバスきゅんをだな】

「コメント、感謝いたします。そうですね、まずは魔王指定種の駆除を優先しましょう」


<勇者>は俺に背を向け、アルプに向かおうとする。

 俺なんぞ相手じゃないって言いたいのか?

 舐めるなよ。


 牙を地面に突き立てる。

 斬撃を地面に伝導とおす。

 さっきじじいがやってたやつだ。


「ッッ!?」


<勇者>が咄嗟に跳び上がる。

 地面が切り裂かれ、斬撃・・が飛び出す。

 空中にいる<勇者>に向かって俺も飛ぶ。

 牙が風を切る。

 盾で受けられる。

 関係ねえ、伝導とおす。

<勇者>が自分の左腕を盾ごと切り飛ばす。

 ちっ、気取られたか。


【なんで自分の腕切ったの?】

【よく見ろ。切り飛ばした左手の付け根】

【ちょっと巻き戻した。切り口がずたずたにされてるね】

「えー、国民のみなさま、ご心配をおかけして申し訳ありません。この程度の負傷は駆除任務の支障にはなりません。しかし、駆除対象はやはりまずこの兎とさせていただきます」


<勇者>は紫電をまとう剣を左腕の傷口に押し当てた。

 どじゅう……という音とともに、肉の焦げる臭いが立ち込める。

 やつの微笑に変化はない。

 大した野郎だ。


「所詮はテイムモンスターと油断しました。これより、最大火力にて駆除を行います」

【おっ、超必殺技!】

【なにそれ?】

【剣にすげー雷魔法つけてぶったぎるの】

【ネタバレやめーや】


 視聴者とやらのコメントもたまには役に立つ。

 斬撃と雷撃を合わせて放つ大技が来るってことか。

<勇者>は剣を高々とかまえた。


「<霹靂顕現へきれきけんげん:刀剣憑依>」

 

 空中に無数の稲妻が走り、それが剣に吸い込まれていく。

 雷光で刀身が作られ、それが天井まで伸びていく。

 ぱちりぱちりと、空気の爆ぜる音が聞こえる。


「改めてのお知らせとなりますが、周辺配信者のみなさまは避難願います。これより100億ボルト超の放電を行います。地上で放てば、700キロメートルを走る威力となります」

【いまさら言われましてもwww】

【音速で逃げても間に合わんwww】

【市ヶ谷臨時政府、そういうとこやぞ】


 じりじりと距離を詰めているが、隙がない。

 必中の隙を狙って撃ち下ろす算段だろう。

 威力については、はったりか、ガチなのか。

 だが、必殺の一撃であることだけは間違いない。

 剣がまとうマナの輝き。

 闘志に満ちたまなざし。

 ああ、能面みてえだって思ったのは取り消す。

 お前は誇り高く勇ましい、恐怖に立ち向かう<勇者>なんだな。


 俺は牙を剥く。

 ぴょんたんと間合いを詰める。

<勇者>の剣先がぴくりと動く。

 慌てて跳びそうになるが、殺気がねえ。

 あれはフェイントだ。

 間合いを詰める。

 間合いを詰める。

 間合いを詰める。

 俺に汗腺があればいまごろ冷や汗で濡れ雑巾みてえになってたろう。

 代わりに耳が熱い。

 闘いへの熱情が、情熱が、高揚が、興奮が、意気が、気勢が、気炎が、血気が、狂喜が、熱誠が、興奮が、抑えきれぬ滾りが、魂が燃える熱が耳から放散されている。


「駆け引きは無駄なようだな」


<勇者>が小声で呟く。

 視聴者に話しかけるのとはまるで違う声色。

 そして、能面のようではない。血の通った笑顔。


「さっきのには引っかかりかけたぜ」

「だが、引っかからなかった」


<勇者>もじりじりと間合いを詰めてくる。

 空気の灼ける臭い。

 空気の弾ける音。

 それが近づく。


「少し話をしたい」

「好きにしやがれ」

「私は<勇者>だが、勇気などない」

「へえ、そりゃ面白いな」


 ぱちり、ぱちりぱちり。

 弾ける空気が近づいてくる。


「守るものがあるから、勇気を絞り出せる」

「そりゃ、ご立派なこって」


 空気が焦げる臭いが濃くなる。


「だが、何を守っているのか、本当はわからないんだ」

「テメエの童貞でも守ってンじゃねえのか?」

「ふふふ……はははッッ!!」


<勇者>が笑う。

 いや、嗤う。

 楽しげに、あるいは愉しげに、あるいは虚無たのしげに。


「そうかもしれない。いや、たしかにそうだ。結局、私はそうだったんだ。『国民を守る』そのお題目にすがらなければならなかったんだ。『国』なんて、『国民』なんて、もうどこにもいないのに」


 剣圧が高まる。

 空気が震える。


「受けてくれ。私の――いや、の全身全霊の一撃」


 剣から、無数の紫電が走る。


 ――雷電イナツルヒ


 輝く雷光が、降ってくる。

 一筋の、ジグザグの、太い雷光。

 音を置き去りにし、耳をつんざく雷鳴を残す光のひび割れ。


 かわす?

 かわせるわけがない。

 受ける?

 受けられるわけがない。

 ならば、どうする?


 決まってる。

 切り裂く。


 雷光に向かって牙を振るう。

 電撃が伝わる前に切り裂いていく。

 分かたれた雷光がダンジョンの床を砕いていく。

 切り裂きながら、突き進む。

 剣がある。

 剣を断つ。

 首がある。

 首を断つ。

 ごとり、と首が落ちる。

 その顔は、笑っている。


 全身に痛み。

 焦げ臭え。

 視界がぼんやり曇ってやがる。

 立てねえ。

 地面に倒れ込む。

 ああ、ヒカリゴケの上で助かった。

 じんわりと冷たくて気持ちがいい。


「ヴォーさん!? ヴォーさん!? だいじょうぶ!? 死んじゃダメ!!」


 床から引き剥がされる。

 なんだよ、せっかくいい気持ちだったってのに。

 水の中に突っ込まれる。

 お、これもひんやりしていいもんだ。

 焼け焦げた皮膚が、毛皮が、内臓が治っていくのを感じる。

 視界が焦点を結ぶ。


 って、ん? ああ!?


「俺は、死にかけてたのか?」

「よかった! ヴォーさん生き返った!」

「ほぉっほぉっほぉっ、焼きすぎた団子のように丸焦げじゃったぞ」


 まともに頭が回るようになって、最初に目に入ったのは泣き腫らしたアルプの顔と、相変わらず表情の読めねえ魚じじいの顔だった。

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