第31話 らーらー、ららーらー、ららーらー、やっぱり

 鳳凰寿司の十八代目として、あっしは踏ん張らねえとならねえ。

 おやっさんの技を繋いで、江戸前寿司の伝統を継がなきゃなんねえ。

 友子さんのお腹に授かったややっ子・・・・を守らなきゃならねえ。


 老舗の江戸前鮨の十八代目。

 三百年の伝統はあっしの肩にはなかなか重い。

 だけど、やりきらなきゃあならねえ。

 あっしはおやっさんの味を引き継いだんだから。


「ハーピーはねえ、だんだん鳥になってくこのあたり……腕の付け根と、ヘソの下あたりがうまいんでさあ」


 仕入れに出て、早々に出食わしたハーピー半人半鳥をさばきながら、カメラドローンに向かって解説する。

 ありがてえこって、この前チャンネル登録者数は20万人を突破した。

 江戸前の技はやっぱり人を引きつけるもんなんだな。


【うわ、まだぴくぴくしてる】

【そのまま飛びそうだな】

【鶏肉っぽいけど、ちょっと違う感じ?】


 熟練の包丁人は三枚に下ろした鯛を、骨だけで泳がしたっつう話もある。

 鯛が自分が下ろされたことに気づいてねえってことらしい。

 あっしはまだまだその域には届いてねえ。


 おやっさんなら出来たのか?

 たぶん、出来たんだろうな。

 おやっさんはそういう見せ芸を嫌うお人だったから、やらなかっただけだろう。


【頭はどうすんのー?】


 おっと、コメントだ。

 配信もだいぶ客寄せの役に立っている。

 いわば、視聴者はお客さん候補だ。

 大事にしねえとな。


「へえ、頭は硬ぇんですが、案外食える身があるもんですからね。こう致しやす」


 背に負っていた鮪包丁を抜き、ハーピーの頭をズバッと縦に割る。

 前頭骨だけパカッと外すやり方とか、側頭骨から頬骨胸骨に走る線にそってゆで卵みてえに剥くやり方とかあるんだが、今日は派手にやってみよう。


【おお、一刀両断】

【8888】

【お美事】

「へへっ、ありがとうごぜえやす。単に目立ちたくてやったわけじゃねえですよ? こうしてどろんと出てきたハーピーの頭白子あたましらこを醤油に溶いて、さっき刺し身にした身につけるってぇと、カワハギの肝醤油をもっと濃厚にしたみてぇな、そんな塩梅でごぜえましてね」


 さっそく食べてみせる。

 むちむちとしたハーピーの刺し身の食感と、白子醤油の濃厚さがちょうどいい。

 握りにするならかなり薄造りにして、隠し包丁も入れた方がいいな。

 表っからじゃあみっともねえから、裏から入れてそれで握るか。


【うまそー】

【腹が減ってきた】

【通販もやってよー】

「へへっ、ありがとうごぜえやす。しかし、なんせ生もんなもんで……。こんなご時勢で、てえへんなもんだとは承知をしておりやすが、ぜひ店までご足労いただければと存じやす」


 卵焼きや棒寿司のたぐいならダンジョンマーケットで売るのも手だろう。

 ちらしを弁当に仕上げりゃあ、メルカト寺院にも下ろせるかもしれない。


 ……だけど、それはダメだ。

 おやっさんの想いを裏切っちまう。

 寿司は握りたてが一番うまい。

 だからおやっさんは出前だって断ってたんだ。


 道々にモンスターをさばきながら、ダンジョンの奥へと進む。

 日暮里はちぃと遠かったから、潜るのはじめてだ。

 築地のダンジョンとは勝手が違うが、新しいネタに出会えるのは勉強になる。


【12層到達】

【インキュバスたんに会えるかな?】


 いよいよ目当ての階層か。

 あっしは頭が悪りぃから、コメントで教えてくださる視聴者様がありがてえ。

 ヒカリゴケの生える石畳を踏みながら、視聴者様の指示通りに進む。


「おおっと、おいでなすったぜ」


 金髪の美少年と、兎。

 少年の背中にはコウモリみてえな小せえ翼がついている。

 あれを刻んだらいいツマになるかもしれねえな。


 あっしは神経締め用のワイヤーを両手に構える。

 こいつをツボに刺せば、麻痺させられる。

 今夜は上得意さんの予約がある。

 このインキュバスの活造りをお出しすりゃあ、きっと喜んでもらえるだろう。


 * * *


「へい! らっしゃい!」


 和風の白い調理服に、ねじり鉢巻の配信者が突っ込んでくる。

 両手には細長い、しなる針のようなものを握っていた。

 得体が知れねえな。


「へい! らっしゃい!」


 男が針を振るう。

 俺は牙で受ける。

 背中に痛み。

 どうやら回り込んで鞭のように働くらしい。


「らっしゃい! らっしゃい! らっしゃい!」


 男の両手が振るわれる。

 今度は受けない。

 ぴょんたんと避ける。

 そこかしこで石畳が弾ける。


「ヴォーさん! ボクは……」

「すまねえな、アルプ。今回は見ててくれ。ちょっとした練習・・だ」


 軽口を叩いてはみたが、男の連撃は凄まじい。

 細長い針が蛇のように獰猛に襲ってくる。

 ぴょんたん――跳ぶ。

 ぴょんたん――転がる。

 ぴょんたん――足元をくぐり抜ける。


「ふぉふぉふぉ、相変わらず派手な動きじゃの。ヴォーよ」


 飽きるほど聞き慣れた声。

 調理服の男が「らっしゃい!」と叫びながらそっちに飛びかかる。

 次の瞬間、の字に曲がる。

 みぞおちに掌底が突き刺さっていた。

 男は大量の血を吐きながらその場に崩れ落ちた。


「やめなされ、やめなされ。格下を相手にそんな修行は無益じゃよ」

「うるせえ、魚じじい。何の用で来やがった?」

「ふぉふぉふぉ、可愛い弟子が、そろそろ行き詰まる頃じゃろうと思うてのう」


 闇の中から姿を現したのは、大きなイワナの頭をし、坊さんの袈裟を来た小柄な人型モンスターだった。

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