第36話 お兄ィィィイイイちゃァァァアアアんンンン

 私とお兄ちゃんはいつも一緒だ。

 前世も。その前も。その前のその前も。その前のその前のその前も。

 何度生まれ直しても、私とお兄ちゃんは双子で生まれてくる。


 お兄ちゃんはいつも強くてたくましい。

 お兄ちゃんはいつも賢くてかっこいい。

 お兄ちゃんはいつも私を守ってくれる。

 貧民窟スラムで生まれたときも、いじわるな伯爵家で生まれたときも、迷宮でも、戦場でも、焼け野原でも、防空壕でも、いつもいつも私を守ってくれた。


 お兄ちゃんは、ずっと私を守ってくれるのだ。

 でも、今世は違った。

 だいたい、5歳くらいで前世の記憶が目覚める。

 いつもどおり、お兄ちゃんの姿を探す。


 お兄ちゃん、どこ?

 お兄ちゃん、どこ?

 お兄ちゃん、どこ?


 どこにも、いない。


 今世での母に聞く。

 今世での父に聞く。

 医者に連れて行かれる。

 イマジナリーフレンドだと言われる。

 医者の胸ポケットからボールペンを引き抜いて、眼球に突き刺してやる。

 手のひらで根本まで押し込んで、ぐちゃぐちゃとかき回す。

 医者が全身を痙攣させて倒れる。

 診察室が悲鳴で満ちる。

 鉄格子だらけの病院に閉じ込められる。

 手足を縛られて、毎日注射をされる。


 お兄ちゃん、どこ?

 お兄ちゃん、どこ?

 お兄ちゃん、どこ?


 これじゃ、探しに行けない。


 外が見えない。

 時間の感覚がなくなる。

 看護師の男が私の体をまさぐるようになる。

 毎晩のようにのしかかってくる。

 耳元でささやいてやる。


 ねえ、これを外してくれたらもっといいことしてあげる。


 男は興奮しながら拘束具を外す。

 私は男の顔を、両手でそっと包む。

 口づけをして、舌を絡ませ、それを噛みちぎる。

 耳の穴から、小指を根本まで突き立てる。

 男が痙攣しながらリノリウムの床に倒れる。


 鍵を奪って、お兄ちゃんを探して病院を歩く。

 掃除用具入れからモップを拝借する。

 先端を折って、尖らせる。

 女の看護師を突き刺す。

 眼鏡の医者を突き刺す。

 突き刺す。

 突き刺す。

 突き刺す。


 お兄ちゃんは、いない。


 ナースステーションでパソコンを見つける。

 何かの掲示板サイトが表示されている。


『お兄ちゃん、知りませんか?』


 書き込んでみる。

 要領を得ない反応。

 お兄ちゃんを知らないのか。


 やっとまともな返事がある。

 今世ではインキュバスという名前らしい。

 ダンジョンという場所にいるらしい。


 ぺたぺたと廊下を歩く。

 血で濡れたリノリウムが素足にひんやりする。

 まだ息のあった看護師のひとりにダンジョンの場所を聞く。


 病院内を探して準備を整える。

 ゴムチューブを編んで鞭を作る。

 変わった形のノコギリを見つける。

 ロッカーからスリッパを借りる。


 ひび割れだらけの道路を歩いて、ダンジョンに向かう。

 山の中だと思ったら、砂漠になったり、廃墟になったり、景色が目まぐるしく変わる。

 これまでの前世でも、こんな変な世界は見たことない。

 お兄ちゃんがいないから、世界が変になっちゃったんだ。


 お兄ちゃん。

 お兄ちゃん。

 お兄ちゃん。


 ダンジョンの入口には変な看板があったから、すぐにわかった。

 中を歩いていると、黒くて大きい目玉みたいのが飛んできた。


【うお、幼女ソロwww】

【金髪幼女がいると聞いて】

【ょぅじょたんぺろぺろ】


 視界の端に言葉が浮いてくる。

 やっぱり変な世界だ。

 お兄ちゃんがいないせいだ。


 犬みたいな頭をした人がこっちにくる。

 はっははっはと息を吐いている。

 野犬は病気を持っているから危ないぞ。

 お兄ちゃんが教えてくれたこと。


 ゴムの鞭で首を縛って、引き倒す。

 ノコギリを打ち込んで、頭を割る。

 ストロベリーヨーグルトが、石畳に拡がる。


【幼女TUEEEwww】

【これは素人ではないな】

【ロリババア説に一票】


 言葉がうるさいな。

 言ってることもよくわからない。

 きっと頭がおかしな人たちなんだろう。


 鞭とノコギリを振るいながらダンジョンを潜っていく。

 粘液の塊みたいな生き物や、猿から全身の毛を抜いたような生き物や、それをおっきくしたやつや、豚頭の男の人や、羽のついた女の人の頭を割っていく。


 お兄ちゃん、どこ?

 お兄ちゃん、どこ?

 お兄ちゃん、どこ?


 どれくらい階段を降りただろう。

 ぼんやり光る、石造りの通路の先に、金髪の人影が見えた。


「お兄ィィィイイイちゃァァァアアアんンンン!!」


 私は思わず叫んでしまった。

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