第8話 玩具修理者
ぼきり、ぼきり。
一本ずつへし折る。
ぼきり、ぼきり。
歯科用ペンチで丁寧に。
すべての歯を取り除けたら、指で口腔を撫でる。
生硬く、ぬるぬると、滑らかな凹凸。
それは歯茎の感触。
俺の名は田中一平。
またの名を†漆黒の暗黒騎士ダークネスブラック†。
またの名っていうか、こっちがオレの本名みたいなもんだ。
チャンネル登録者数は4千人。
桁が二三個足りてない気はするが、ま、世の中が追いついてないんだな。
俺のセンスは凡人には早すぎる。
この作品はどうしようか。
抜いた歯を唇に埋め直す……凡庸過ぎる。
額に並べる……もう一息何か。
そうだ、額に歯で『犬』と描こう。
この世界の人間はほとんどが犬だ。
政府の、企業の、上司の、
そういうものの、
だからオレは奴隷を創る。
だからオレは奴隷を遣う。
だからオレは奴隷を攫う。
オレは
自分の意志を持つ狼だ。
黒く濃密な、何色にも塗りつぶされない漆黒だ。
だからオレは、†漆黒の暗黒騎士ダークネスブラック†なのだ。
イヌどもが、オオカミであるオレを侮ることなど許さない。
喉笛を食い破り、オレの
田中一平だった頃のオレを馬鹿にした連中はだいたい
小一のクラスメイト7人。
小二のクラスメイト9人。
小三のクラスメイト18人。
小四のクラスメイト37人。
小五のクラスメイト35人。
小六のクラスメイト38人。
中一のクラスメイト34人。
中二のクラスメイト40人。
中三のクラスメイト41人。
教師、両親、親戚、コンビニ店員、その他諸々合わせて105人。
数え忘れがなければ、ぜんぶで364人。
もうひとりでキリのいい数になる。
残りのクラスメイトをダンジョンで探してもいいが、少しマンネリな気がしていた。
記念すべき365人目は特別な獲物がいい。
そんなときに見つけたのが、あのインキュバスの動画だ。
高級ドールのような細い金髪。
背中に生えた小さな翼もいい。
あれを切り取り、どこに縫い付けるかつい想像してしまう。
やはり、あの立派な陰茎がいいか?
……いや、安直か。
どうも、実物がないと発想が膨らまない。
とりあえずあのインキュバスを捕まえる必要がある。
無料動画は上手く編集されていて、肝心の居場所がわからなかった。
おかげで課金するはめになった。
モンスター虐待板とかいう頭のおかしい連中が集まる掲示板も覗いてやったが……あのイヌども。オレを小馬鹿にしやがった。
あいつらもオレの
書き込みは全部監視する。
尻尾を出したそのときが最期だ。
ま、どうせどいつもこいつも不細工だろうから、パーツ取りにしか使えないだろうが。
そろそろ出かけるか。
オレは血と肉片で汚れたゴムエプロンを脱ぎ、配信用の正装に着替える。
武器を担いだら、あとはどの
絵梨花は
恭子は
美沙は指が何本か欠けているが、支障はないだろう。
友里恵は
動かせるのはざっと百匹ってところか。
オレは
* * *
「臭いな……」
「えっ、ボク、ちゃんと水浴びしてるよ?」
「お前のことじゃない」
俺は鼻をひくひくと動かし、耳をピンと立てる。
空気に混じるわずかな腐臭。
遠くから聞こえる無数の足音。
しかし、歩調が安定しない。
普通に歩くもの。
ずるりずるりと足を引きずるもの。
不格好な四つ足で歩くもの。
足音の主が、像を結ばない。
不協和音だけで作った前衛音楽を聞かされている気分だ。
とてつもなく、嫌な予感がする。
「あ、ホントだ。臭い」
「臭いが強まってきたな」
一方向だけじゃない。
四方から腐臭と奇妙な足音が迫ってくる。
――ずるり
――べちゃり
――ここっこっこ
――ずぬぬとんずんとん
――べっちゃごんべごっちゃん
「ああ、やっと見つけた」
暗闇の奥から、ペストマスクを被った男。
鴉よりも黒く、黒猫よりも不吉で、泥炭よりもおぞましい黒の塊。
そんな男が、無数の
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