第6話 はじめての共同作業

 轟音とともに戦棍メイスが頭上を通り過ぎる。

 顔面すれすれに振り下ろされる。

 床が砕け、ダンジョンが揺れる。

 壁が砕け、クレーターができる。


「もう、ちょろちょろ逃げないでよ」


 俺が必死にかわしているのに、黄金鎧の野郎は余裕の声だ。

 フルフェイスの兜のせいで表情は見えない。

 しかし、スリットから見える眼光に焦りの色はなかった。


(アルプのやつ、ちゃんと逃げたか……?)


 致命の連撃をなんとかかわしつつ、背後に目をやる。

 アルプの姿はない。

 俺の言うことを聞いて、ちゃんと逃げてくれたようだ。


「おい、ドンガメ鎧。そんなちんたらされたんじゃ欠伸が出ちまうよ」 

「うーん、僕はSTR筋力メインで伸ばしてるからね。多少遅いのは認めるよ」


 挑発してみたが、効果はなさそうだ。

 続く連撃にも乱れや焦りは表れない。


 俺はぴょんたんぴょんたんとステップを刻みながら、やつを誘導してく。

 この破壊力、一撃でももらえばゲームセットだ。

 命がけの鬼ごっこがはじまっていた。


「そういえばさ、あのインキュバス君をかばってるみたいだけど、時間を稼いでも無駄だよ?」


 今度は鎧野郎から口を開いた。

 バカでかい戦棍メイスを振り回し続けてるくせに、呼吸に乱れはない。

 それだけでVIT体力も相当なものだとわかる。


「ステータスとは関係なく、僕は鼻が利くんだ。1キロ先のおしっこの匂いもかぎわける。このダンジョンなら、同じ階層にいる限り絶対に見逃さないよ」


 おしっこ……?

 こいつは何を言ってやがるんだ……。


 一瞬の動揺。

 耳の先端を戦棍メイスがかすめ、血混じりの白い毛が舞う。


「ああ、もう。【さっさと仕留めろよ】とか【インキュバスたんを追えよグズ】とか。観る専は気楽でいいなあ。実際やっていると大変なんだからね? あー、同接どんどん減ってるじゃん。すぐやっつけるから待っててよ」


 ああ、この戦いも配信されているのか。

 コメントに対応するほどの余裕もある。

 腹立たしいが、認めよう。

 こいつは俺よりも数段格上だ。


 だが、SPD速度だけは俺に分がある。

 牽制の攻撃を挟みつつ、徐々に目的に誘導する。

 ああ、クソ硬え。

 牙がボロボロだ。

 戦果は鎧の表面についた僅かな引っかき傷のみ。

 この鎧、一体何で出来てやがるんだ?


 間一髪で戦棍メイスを避け続ける。

 俺に汗腺があればいまごろ冷や汗まみれだったろう。


 耳が熱い。

 上がった体温を放熱するため、血が集まってるんだ。

 耳先に負った傷からの出血が増える。

 ああ、畜生。血が目に入りやがった。


 ――衝撃


 身体が宙を飛んでいる。

 戦棍メイスを振り抜いた鎧野郎が見える。

 肋骨がバキバキだ。

 喉奥から熱いものがせり上がっている。


 世界がスローモーションになっている。

 ああ、死にかけたときはいつもこうだった。

 妙に思考がクリアになって、世界がゆっくり視えるんだ。


 ぐるり、ぐるり。

 どうやら俺の身体は回転しているらしい。

 ぐるり、ぐるり。

 回るたび、鎧野郎の姿が少しずつ小さくなる。

 どんな馬鹿力でかっ飛ばしやがった。


 視界がだんだん青白くなる。

 意識がだんだん遠くなる。

 青白く――青白く――……‥‥


 ――水音


 冷たい肌触り。

 毛皮が濡れる。

 折れた肋骨が、メキメキと音を立てて再生するのがわかる。


「こんなところに回復の泉があったんだ。わ、怪我治っちゃってるじゃん。めんどくさいなあ」


 回復の泉に落ちた俺を追って、鎧野郎がざぶざぶと進んでくる。

 水深はやつの腰ほど。

 俺は大きく息を吸うと、泉の中に潜った。


「うわ、どこ行ったの? 見えないんだけど――わわっ!?」


 足首に食らいつき、泉の中に鎧野郎を倒す。

 牙は通らないが、バランスを崩すくらいはできる。

 水中でバタバタと手を動かす鎧野郎の頭を押さえつける。


「ぐぼぼ! がぼっ、がぼぼ!!」


 とんでもない力だ。

 俺は跳ね飛ばされそうになりながら、やつの頭にしがみつく。

 全力で左右に揺さぶって混乱を誘う。


 冷静になられたら負けだ。

 俺には圧倒的に重さが足りない。

 落ち着いて立ち上がられたら、俺にはどうしようもない。


「ヴォーさん! ボクも手伝うよ!!」


 子供の声。

 水音。

 重量。

 脇から抱え上げられ、水面から顔が出る。

 深呼吸。

 新鮮な空気が肺を満たす。

 目の前には、金髪の整った顔。


「逃げなかったのかよ」

「逃げたよ。逃げたけど、戻ってきちゃった」


 アルプのケツの下には、鎧野郎の頭があった。

 激しく上がっていた水泡が徐々に減り、やがて途切れた。


「こ、これでやっつけられたかな……?」

「ああ、死んだな。大金星だ」


 俺とアルプは泉を出ると、ばしんと高い音でハイタッチを交わした。

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