首狩り兎のダンジョンチューバー滅殺日記

瘴気領域@漫画化決定!

ここからはじまる滅殺日記

第1話 サキュバス(?)を助ける

「げひゃひゃひゃ! こんな美人ちゃんを捕えたぜぇ!」

「ひょひょひょ! この細いうなじがたまりません」

「ぼ、ぼ、ぼかぁお尻のお肉を少しずつ削って自分に食べさせてあげたいんだなあ」

「げひゃひゃひゃ! てめぇの企画はいつもトチ狂ってやがるなあ」

「ひょひょひょ! しかし、それは再生数爆増間違いなしですぞ」

「て、て、て、照れるんだなあ」


 ちっ、ゲスどもが……。

 俺は心中で舌打ちをした。


 捕まっているのは若いサキュバスか。

 薄い身体。背中の翼は折られている。

 細い手足は結束バンドで縛られていた。

 あどけない顔は恐怖と絶望に染まっている。


 配信者どもは三人。

 ひとりはモヒカンに棘の付いた肩パット。

 大剣を背中に負っている。


 ひとりは眼鏡に黒いローブ。

 長い杖は魔術杖か?


 最後はぶくぶくと太った男。

 白い神官衣を身にまとっている。


 周囲を飛んでいるカメラドローンは無視していい。

 あれは撮影とやらをしているだけで戦闘力はない。


「げひゃひゃひゃ! それじゃおまたせしましたー! いまからこの美人ちゃんのケツの肉を削って焼肉パーティをはじめます!」

「ひょひょひょ! 柔らかくて美味しそうですなあ」

「や、や、焼肉のタレも持ってきたんだなあ」


 どうやらじっくり観察する暇はなさそうだ。

 俺はぴょんたんぴょんたんとサキュバスのもとへ駆けた。


「げひゃひゃひゃ! おやぁ、ウサたんまで来ちゃいましたよぉ?」

「ひょひょひょ! ダンジョンウサギの毛皮は高く売れますぞ」

「も、も、もふもふしてから、首をバキッと折りたいんだなあ」


 込み上がる吐き気に耐えつつ、ぴょんたんぴょんたんと進む。

 そう、俺は無害なダンジョンウサギだ。

 配信者どもに無邪気に近寄り、ぶち殺される間抜けな兎だ。


 そう装って・・・、俺は距離を詰める。


「げひゃひゃひゃ! ほらほら、ウサちゃん。保存食あげるよぉ」

「ひょひょひょ! きれいなお水もありますぞ」

「や、や、優しくなでなでしてあげるんだなあ」


 ぴょんたんぴょんたん――あと4歩。

 ぴょんたんぴょんたん――――残り2歩。

 ぴょんたんぴょんたん――――――いま!!


「げひゃひゃひゃ! 世界が逆さまに見えるぜえ!?」

「ひょひょひょ! 私は真横に見えますぞ」

「め、め、目が回るんだなあ」


 地面に転がった三つの生首が、人生最期の言葉を放った。

 わずかに遅れて、首無しの胴体が石畳にどさりと倒れる。

 カメラドローンがぐるぐる回って、あらゆる角度から死体を撮っている。


「おい、お嬢ちゃん。大丈夫か?」


 俺は前歯でサキュバスを捕らえていた結束バンドを切ってやった。


「あ、ありがとうございます!」

「歩けるか?」

「歩けます。羽が折られただけなんで……」

「そりゃよかった。俺の馬力じゃお嬢ちゃんを引きずってくのは無理だからな」


 俺は首狩り兎。

 ダンジョンで生きるモンスターの中でも小型だ。

 背丈はお嬢ちゃんの膝くらいしかない。

 必殺の牙による奇襲の一撃。

 それだけが俺の武器だった。


「着いてきな」


 俺はぴょんたんぴょんたんとダンジョンの奥へと進む。

 サキュバスの若さからして、おそらく発生したばかりの個体だろう。


「は、はい! でもどこへ行くんですか?」

「回復の泉だ」

「回復の泉?」

「ヒールポーションが無限に湧き出る泉だよ」


 予想通り、ダンジョンの構造もろくに知らないようだ。

 よちよち歩きで配信者に遭っちまうとは、ついてないやつだな。


 暗い通路をぴょんたんぴょんたんと進む。

 このあたりは平らな石畳が続くエリアだ。

 お嬢ちゃんの細い足でも問題なく歩けている。


 正方形にくり抜かれた通路の先に、青白い光が見えてきた。

 回復の泉が放つ光だった。


「服脱いで、そこの泉で水浴びしな。そんぐらいの怪我なら治るだろ」

「う、うん! ありがとう!」


 サキュバスがほとんど紐のような服を脱ぐ。

 その肌は、俺の毛皮とタメを張れるほど白い。

 胸は平らで、色素の薄い小さな乳首がわずかに存在感を主張していた。

 しかし、コカトリスみたいに細い足の間には、俺の牙より立派なものがぶら下がっていて……


「ん?」


 俺は、ここで勘違いに気がついた。


「お嬢ちゃん……いや、お嬢ちゃんじゃねえな。あんた、インキュバスかい?」

「うん、たぶんそう! あと、ボクの名前はオジョーチャンじゃなくて、アルプだよ!」

「そうか、アルプか。俺はヴォー。首狩り兎のヴォーだ」

「助けてくれてありがとう! よろしくね!」


 アルプは白い裸身を恥じらいもなく晒しながら水浴びをしている。

 折れた翼がみるみる回復しているのが傍目にもわかる。

 怪我についてはこれで一安心だろう。


 ――だが、安心できない要素もある。


 俺の目には、闇の中に浮かぶカメラドローンが一機、映っていた。

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