第40話 波動斬牙:斬撃伝導

 ついに出会えたインキュバスたん画題に、絵筆を振るう。

 ガキンと、刃が止まる。

 見れば、銀色の牙。

 長い牙を持つ兎が、それがしの絵筆を止めていた。


 この沸き立つ創作意欲を妨げるとは……

 畜生の分際で!


 こんな畜生に創意は要らぬ。

 決まったふうに刀を振るい、決まったふうに体を動かす。

 火花、火花、火花火花火花火花火花。


 ことごとく受けられる。

 なんと生意気な畜生よ。


 刀を高い八相に構える。

 薩摩の示現流……とか言ったか。

 受け太刀不能の一打必殺の構えだ。

 それがしはこれで、三つ重ねた兜を割ったことがある。


 畜生はぴょんたんと前後左右に小刻みに跳んでいる。

 なんともうっとうしい。

 間合いを測っているつもりか。

 左様な子供だましなど通じるものか。


 畜生の後ろ肢に力が込められるのが見える。

 畜生が銀の牙を輝かせながら跳んでくる。

 決まったふうに、刀を振り下ろす。

 刀が牙とぶつかる。

 これで真っ二つ――


 ――と、ならない。


 剣先から奇妙な感触が伝わってくる。

 波のようなうねりが、刀から、手から、腕から、肩から、そして首――


 世界が、急に高くなった。

 それがしが、落ちていく。

 視線の先には、いつもの作務衣を着たそれがしの身体。

 首のない、それがしの身体。

 それがしの身体は首がなく。

 血の噴水を吐いていて。

 びくりびくりと痙攣しながら。

 いくつもの、いくつもの絵を描いて。

 どうっ、と倒れた。


 * * *


「ふう、はじめて試したが、なんとかなったな」

「すごいや、ヴォーさん! いま、何をしたの?」

「ああ……あれはだな――」


 スキル<波動斬牙ウェイブファング>の応用だ。

 防具を無視して斬撃を内部に通す……ってのがあのスキルの基本だが、それはつまり、斬撃を伝導させられる・・・・・・・・・ってことだ。


「さっきのは、やつの刀を通して、首まで斬撃を通したんだ」

「へえー! すごい! ボクにもできるかなあ」


 アルプがはしゃいで短剣を素振りしている。

 すっかり腰が入るようになったし、脇も締まっている。

 隙のないいい動きだ。たいしたもんだ。


「そういえば、技の名前はないの?」


 ふと思い出したように、アルプが聞いてくる。

 名前……そんなのは考えたことがなかったな。

波動斬牙ウェイブファング>も運営・・が勝手に名付けたやつだ。


「ほぉっほぉっほぉっ、<波動斬牙ウェイブファング斬撃伝導トランスミッション>というのはどうかのう?」

「どっから出てきやがった、魚じじい」


 暗がりからぬうっと現れたのは、魚頭の袈裟姿。

 手にはメイキュウササで包んだ何かを持っている。

 香ばしい、醤油の匂いがする。


「ほぉっほぉっほぉっ、お主は相変わらず口が悪いのう。ほれ、アルプ君よ。団子を焼いてきたぞ」

「わぁ! イワナ坊主さん、ありがとう!」

「やめなされ、やめなされ。一度に食べると喉に詰まる」

「うむぐぅん! ゆっくり、食べる!」


 アルプめ、すっかり餌付けをされてやがる……。

 しかし、魚じじいの団子が美味いのは否定できねえ。


「ほれ、ヴォー。お主も我慢はやめなされ」

「……我慢なんかしてねえよ。だが、食べ物を粗末にするのは俺の流儀じゃねえ」

「ほぉっほぉっほぉっ。お主が食わずとも、アルプ君が平らげてくれたと思うがのう」

「やかましい」


 差し出された団子の串にかぶりつく。

 口に入れた瞬間に拡がる少し焦げた醤油の香り。

 もっちりとした歯ごたえ。

 しっとりとした舌ざわり。

 噛めば噛むほどもち米の甘みがにじみ出てくる。


「ごっそさん。団子は歯に詰まるのがダメだな」

「ほぉっほぉっほぉっ。憎まれ口はやめなされ。美味かったじゃろう?」

「うん! すっごくおいしかった!」


 アルプが飛び上がりながら喜んで、俺の退路を塞ぐ。


「ほれほれ、強がりはやめなされ。まあ、不味かったのならもう持って来んよ」

「ええー! ボクはまた食べたい!」


 魚じじいは、無表情な魚頭をこちらに向ける。

 表情はまったく変わっていないはずなのに、にやにや笑っているように感じる。

 小声で、絞り出す。


「……旨かったよ」

「やめなされ、やめなされ、小声はやめなされ。歳を取ると耳が遠くなっての。もっと大きい声でゆうてくれんか」


 とぼけやがってこのクソジジイ。

 かっとなった俺は大声で叫ぶ。


「旨かったっつってんだよ、魚じじい!」

「ほぉっほぉっほぉっ。それは何よりじゃ。実はな、おかわりもあるぞ」


 俺は釈然としない気持ちを抱えながら、団子にかぶりついた。

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