第15話 腹パーンチ!!

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┃夢がいっぱい♪楽しさいっぱい♪┃

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 こんなふざけた看板が、裏の空き地に現れたのは3か月前だ。

 夜になると無闇に電飾で光って、すごく迷惑だった。


「ぶっ壊すか?」と浅井が言う。

「作ったやつがキレるかもしれんぞ」と馬場が言う。


 考えるのは浅井と馬場の仕事。

 おれは「ほっときゃいいんじゃね?」って言うのが精一杯だった。


 看板の下には穴があった。

 階段がついていて降りられる。


「フェイクだな。1日で地下室なんて掘れない」と浅井が言う。

「雨が降れば水没するだろ」と馬場が言う。


 おれは「蚊がわきそうだなー」って言うのが精一杯だった。


 梅雨が来て、たくさん雨が降った。

 穴は水没しなかった。


 でもおれたちの日常は変わらなかった。

 いつもどおりにゾンビを駆除して、いつもどおりにゲームで遊んで、いつもどおりに浅井のカップ麺を盗んだりして……


 それがおかしくなったのは、1週間くらい前。

 ゾンビが穴から湧き出してきた。

 そいつらは走るタイプのゾンビだった。


 アパートを急いで強化した。

 2階まで飛び上がってくるから、要塞みたいになった。

 ラーメン屋台のおっさんも来なくなった。

 自衛隊のドローンも来なくなった。

 ネットがおかしくなった。

 本物のゾンビ映画みたいになった。

 最初に馬場が熱を出した。

 浅井が薬局に解熱剤を取りに行った。

 効かなかった。

 浅井が熱を出した。

 おれはわかんなくて、ネットを必死に調べた。

 必死に調べても、意味不明の掲示板にしかつながらなかった。

 意味不明だけど、そこで質問した。

 

『ダンジョンっていうのに行ってみたい』


 ポーションがどうだとか、レベルがどうだとか、ゲームみたいな話ばっかだった。

 でも、妙に真実味があった。

 わかんないけど、嘘はついていない気がした。


 だから、おれはいま、ダンジョンにいる。


 * * *


 じめじめした石畳を歩いていると、真っ黒な球体が飛んできた。

 無音でふわふわ浮いてる。

 レンズみたいのが1個ついてて、でっかい目玉みたいだ。

 大きさはバレーボールくらい。


【うおっ、初アタックでカメラドローンつくとかすげえじゃん】

【3機もあるwww】

【吉竹って女だったのかよwww】


 目の前を、突然文字がよぎった。

 幻覚まで見えてきた……と目をこする。


【乳でっかwww】

【ケツでっかwww】

【だらしねえ体してやがる・・・】

【だがそれがいい!】

「誰がだらしねえ体だ!!」


 思わず、幻覚に怒鳴る。


【いいねえ、初配信の味】

【初配信からしか得られない栄養素がある】

【ワークマン作業着萌え】

【まっすぐはゴブリンのたまり場だから右曲がれ】


 はは、ついに頭がおかしくなったのかな。

 でも、次を右に行くのはルートの通りだ。

 おれの不安とか、願望とか、そういう幻覚?


【あ、その先道変わってるよ】

【右の後、最初の通路を左】

【真ん中歩くとトラップあるから、左に寄ってな】


 違う、これは本当に見えてるんだ。

 おれの知らないことも教えてくれる。

 ふざけたコメントも多いけど、嘘じゃない気がする。

 おれは光るコケを踏みながらダンジョン・・・・・を進む。


 階

  段

   を

    降

     り   階

      る 段

       を

      降

     り

    る

   。


 曲

  が

   り

    く

   ね

  っ     。

 た 通   く

    路 歩

     を


 暗闇の先に、二つの影が見える。

 紐ビキニを着て、金色のナイフを持つ人影。

 足元には耳の長い兎。

 身体が固まる。


【もちつけ。タゲは取られてない】

【迂回ルート出すから、脇道入ってじっとしてな】


 ぎくしゃくと歩いて、細道に隠れる。

 怖すぎる……怖すぎる……怖すぎる……。

 いますぐ帰って布団を被って寝たい。


 でも、それじゃ、浅井と馬場が……。


【ルート出来たぞ。そのまま進んで、2番目を右】


 宙に浮かぶコメントに従って進む。

 細い道を歩いていると、その先が青白く光り出す。

 回復の泉ってやつの明かりか?

 動画で見たより、ずっと透明できれいな感じがする。


「でゅふふふ、やっと獲物がきたでござるねえ」


 通路を出たら、いきなり声がした。

 コメントとずっとやり取りしてたから、幻聴かと思った。

 声の方を向くと、迷彩柄のバンダナをした、チェックシャツの小太り。


「ということで、本日最初の腹パーンチ!!」


 腹に衝撃。

 ふっ飛ばされる。

 息ができない。

 涙が出る。

 なにこれ?

 なにこれ?

 なにこれ?


「やわらかーい脂肪の感触だったでござる。親に寄生して、ろくに運動もしてないクソニートまーん自称家事手伝いカッコ笑いの手応えでござるよ」


 何言ってんだこいつ?

 こっちはゾンビに囲まれて毎日生きてんだよ。

 何が「まーん」だ。

 ぶっ殺すぞ。


 言い返したい。

 言い返したいのに、声が出ない。

 息ができない。

 指先が震える。

 足に力が入らない。


「ふむ、【作業着の上は脱がすな】でござるか? 拙者おっぱい大好きサムライなのでござるが、視聴者様のご要望なら承るでござるよ。それじゃ、このでっぷりオケツちゃんから堪能するでござる」


 でゅふふふ、と汚い笑い声。

 作業着の下に指がかかる。

 やめろよ、触んなよ。

 これ浅井のを勝手に借りてきたんだから。

 汚したら怒られんだよ。

 やめろ……やめろよ……。


「でゅふふふ、それではお楽しみみみのはじまりでござざるるるるぅ。あへぇ? 床しか見えないでござるるるぅよょ? あへぇ?」


 生暖かいもので全身が濡れた。

 振り返ると、血を吹き上げる首無しのチェックシャツ。

 足元には、バンダナの頭。


 それから、そのうしろには、金色のナイフを持つ紐ビキニ。


 * * *


「やったよ! ヴォーさん! やっつけた!!」

「ああ、よくやったな」


 レベルは10から20ってとこか。

 アルプの筆おろし・・・・にはちょうどいい相手だった。


「こっちのお姉さんはどうするの?」

「ほっとけ。どうせレベルひと桁だ」


 全身に血を浴びて気を失っている女がいる。

 怪我はしていないし、すぐに目を覚ますだろう。

 それに、こいつはまともに・・・・強くなりそうな予感がする。


「配信者はみんな殺した方がいいんじゃないの?」

「あー、そういうもんでもねえ」


 俺はアルプに説明する。

 俺は、俺たちは、戦いの末に死ぬことを目指す存在だ。

 強者と戦い、死力を尽くし、智謀をこらして、その上で奈落アビスに堕ちることを願う存在だ。


「だから、敗者を嬲り、嘲笑うやつらは許せねえ」

「なるほど……?」


 まだ早かったか。

 ま、そのうちアルプにもわかるだろう。

 後ろ足で耳をかいていたら、突然アルプが抱きついてきた。


「そ、それじゃヴォーさんも死んじゃうの!?」


 涙目になったアルプに、俺は動揺してしまう。

<勇者>や<英雄>、<聖女>なんて言われる連中とやりあって、華々しく散りたいという俺の欲望が、否定できないはずの根幹が、どこか輪郭を危うくした気がする。


「俺は死なない。最強になるからな」


 なんでこんな言葉が出たのか、わからない。

 俺のガラじゃねえってのに。


「じゃあ、ボクも最強になる!!」

「おいおい、最強はひとりしかなれねえよ」


 俺たちは軽口を交わしながら、回復の泉を後にした。

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