第22話 おいらはカーチャンが大好き

 カーチャン。

 平仮名のかーちゃんでもなく、漢字の母ちゃんでもなく、カタカナでカーチャン。


 カーチャン。

 小学2年のとき、作文で書いたら笑われた。


 カーチャン。

 小学3年のとき、笑ったやつを文鎮で殴った。


 カーチャン。

 怒った。


 カーチャン。

 泣いた。


 カーチャン。

 ぶった。


 カーチャン。

 泣いた。


 カーチャン。

 おいらの時間が止まった。

 ずっと、ずっとテレビとネットを見てた。

 元号が、2回変わった。


 カーチャン。

 怒った。


 カーチャン。

 泣いた。


 カーチャン。

 ぶった。


 カーチャン。

 泣いた。


 トーチャンはいないんだって、カーチャンに言われた。

 あたいがいつまでも生きられるわけじゃないんだよ、って言われた。


 それでも、おいらは部屋から出られない。

 ダンゴムシみたいに、ずっと丸まってる。


 カーチャン。

 怒った。


 カーチャン。

 泣いた。


 カーチャン。

 ぶった。


 カーチャン。

 泣いた。


 おいらだって、これはいけないんじゃないかって気がする。

 カーチャンが、大変なのもわかる。

 カーチャンに、迷惑をかけてるのもわかる。


 カーチャン。

 ぶった。


 カーチャンの、手を払った。


 カーチャンが、転んだ。


 カーチャンが、頭を打った。


 カーチャンが、動かなくなった。


 カーチャンを、揺さぶった。


 カーチャンは、動かなかった。


 振動。

 世界が揺れた。

 カーチャンが動いた。

 おいらも動いた。

 カーチャンとおいらは、一緒に動いた。

 おいらとカーチャンは、一緒だった。

 おいらはカーチャンだった。


 おいらカーチャンはすりこぎ棒を持って、外に出た。

 カーチャンおいらはそのあとをついていった。


 すごく、ひさしぶりにお日様を見た。

 太陽って、いくつもあるもんだったっけ?


 おいらカーチャンは穴に潜った。

 あとからわかったけど、ダンジョンっていうらしい。

 子どもは潜っちゃダメなんだって。


 おいらカーチャンは敵を倒した。

 ダンジョンには、たくさん敵がいるんだって。


 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは、 おいらカーチャンは。


 おいらが怖いことは、ぜんぶカーチャンがしてくれた。

 おいらの人生は、ぜんぶカーチャンが守ってくれている。


 カーチャン、ありがとう。

 カーチャン、本当にごめん。

 カーチャン、いつか絶対親孝行する。


 すりこぎ棒が、ゴブリンの頭を砕く。

 すりこぎ棒が、オークの頭を砕く。

 すりこぎ棒が、オーガの頭を砕く。


 DPがたまるけど、ダメだよ、ダメだよカーチャン。

 おいらが欲しいのは排出率0.2%の激レア!

 11連ガチャくらいじゃぜんぜん当たらないんだよ。


 ああああああ、カーチャン、何やってんだよ。

 糞が、雑魚が、ただのババアじゃねえか。

 糞が、糞が、雑魚が、雑魚が、おいらに変われよ。

 変われつってるんだろうが!

 ぶっ殺すぞこのクソババア!!


 ババアがおいらと変わらねえ。

 何やってんだよ、このクソババア。


 ぶっ殺す。ぶっ殺す。ぶっ殺す。

 おいらがプレイしてりゃ余裕だったのに。

 クソ雑魚ババアがしゃしゃってんじゃねえよ。


 ババア、ババア、ババア、ババア、ババア、ババア。

 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。


「んぬぅぅふぁぎゃぁぁぁあああい!!」


 やっと腕が動いた。

 部屋の壁に穴を開けたあの感じ。

 あれがコツだったんだな。


「ふるんうかぽぅっ!!」


 色んな小物がかかってた、ウォールネットを振り下ろす。

 漁で使う投網みたいだな。

 カーチャンは、それに小物を吊るすたびにうれしそうにしてた。


「でゅぅっっっうふう!」


 革の束を叩き下ろす。

 カーチャンは革細工が仕事だった。

 革で編んだ紐が、家にはたくさんあった。


 世界が、反転する。

 視点が、下がる。

 後ろには、カーチャンがいる。

 カーチャンが、助けてくれる。


 カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン、カーチャン。


 カーチャンはどこにもいない。

 首のない、おいらの身体が立っていた。


 * * *


「よし、よくやった」


 鮮血を垂らすナイフを持ったアルプを、まずは激励する。


「なんか……ボクがぜんぜん見えてない感じだったけど、いいのかな?」


 アルプは怪訝な顔だ。

 ま、ああいう手合いとやり合うのははじめてだ。

 仕方がない。


「なんつーかな。自分の世界しか見えてない配信者ってのは多いんだ」

「どういうことなの?」

「あー……本当のところは俺にもわからん。幻覚の世界に生きてる……って言い方になるかもしれんな」

「ヴォーさんにもわからないことがあるの?」


 ああ、無邪気に聞かれると反応に困る。

 だが、答えだけは決まってるな。


「わからないことだらけだ。俺たちは、『わからない』と戦うんだ」

「そう、なんだ?」


 まだ、伝わってないな。

 ま、仕方ねえ。

 俺にもわからねえ極意の世界だ。

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