第21話 人生で大切なことはすべて首狩り兎が教えてくれた

 ボクは、生まれたばかりだ。

 生まれたばかりで、何もわからないまま3人組に捕まって、羽を折られた。

 これからひどい目にあうんだ……と泣きそうになったとき、3つの首が落ちた。


 ――おい、お嬢ちゃん。大丈夫か?


 ボクは女の子と間違えられてたらしい。

 それからぴょんたんと跳ぶ背中を追いかけて、青く光るきれいな泉についた。


 ――あんた、インキュバスかい?


「うん」と答えたけど、本当のところはわからない。

 ボクは何にも知らないし、何にもわからなかった。


 ヴォーさんは、そんなボクに色んなことを教えてくれた。

 ヴォーさんがいなければ、ボクはとっくに死んでいたのだと思う。


「俺は手出しも口出しもしない。一人でやってみろ」


 ヴォーさんは、出来ないことは言わない。

 ボクにできると信じているから、一人でやれって言ってるんだ。

 だからボクは、2本の短剣を握りしめて前に立つ。


 目の前からは、ギャリギャリと石畳を削りながら進むきれいな女の人。

 削っているのは奇妙な武器。

 よく見えないけど、たぶん小さな刃がぐるぐる動いてる。


 防具らしいものは見えない。

 人の顔をたくさんつなげたような変な服を頭からかぶってる。

 でも、油断しちゃいけない。

 魔法がかかっているかもしれないし、服の下に別の防具があるかもしれない。

 これも、ヴォーさんが教えてくれたこと。


「愛っ! 愛ですのねっ!?」


 女の人が武器を振り上げて襲いかかってくる。

 とっさに身体を引いてかわす。


「愛っ! 愛っ! 愛っ! 愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛っっ!!」


 かわす、かわす、かわす。かわすかわすかわすかわすかわす。

 大きく身体が泳いだ隙を狙って短剣を振るう。

 右の肩を切り裂いた。

 でも手応えは少し。

 たぶんかすり傷。


「あああああああああああああああああ愛っ!? タカシの愛がっ!? タカシっ!? タカシィィィイイイ!?」


 女の人は、狂ったように武器を振るう。

 ボクはそれを必死で避ける。

 武器が石畳や壁を削って火花を散らす。

 その隙にボクは短剣を振るう。


「ヒロシがっ!? カナメがっ!? ユウゾウがっ!? ヒロミがシゲルがヨシヒコがミツルがノリユキがジュンイチがマサキがタクトが教父様がっ!?」


 浅手を負わせるたび、女の人が狂う。

 武器を振るう速度が上がる。

 ボクは嵐に翻弄される小鳥のようだった。


 嵐? 小鳥……?

 それって何だっけ……?


 激痛。

 左手がない。

 血が吹き出す。

 ものすごく熱い。


「愛っ! やっとわたくしの愛を受け取ってくださいましたねっ! 愛っ! 愛っ! 愛っ! あなたも愛の喜びを知るのですわっ!」


 膝をついたボクは、女の人に見下ろされていた。

 どるんどるんと唸り声を上げる武器を振り上げている。

 ああ、そうだ、あれはチェーンソーっていうんだ。

 木を切るためのもので……いや、そんなことを考えてる場合じゃない。


 ――勝ちを確信した瞬間、最大の隙が生まれる


 ヴォーさんの言葉が脳裏をよぎる。

 ボクは左手を突き出し、叫ぶ。


「<血鉄針釘ブラッディーネイルズ>!!」


 吹き出す血が硬化し、無数の針となって飛ぶ。

 女の人の顔面に殺到する。


「愛っ!? 愛はどこですのっ!?」


 女の人が、顔を押さえてめちゃくちゃに暴れる。

 右手の短剣を振るう。

 ごとりと音がする。

 足元に、女の人の首が転がった。


 ボクがへたり込んで肩で息をしていると、ヴォーさんが言った。


「縛って止血しておけ。すぐに泉に行くぞ」


 ヴォーさんは切り落とされたボクの左手を拾って、ぴょんたんと進み出した。

 ボクは慌てて後を追う。


「それにしても土壇場でスキルを発現するとはな。驚いたぜ」

「スキル?」

「血を針にして飛ばしたやつだ」


 スキル……あれはスキルって言うんだ。

 穴開きだらけのボクの心に、パチリとひとつ、ピースがハマった気がした。


 回復の泉に着いた。

 ボクはそれに浸かって、ヴォーさんは左手を押さえてくれている。


「最初、様子見に徹したのはよくなかったな。相手のペースに巻き込まれてた。よく見てかわしていたのはいい。だが、かわしようがない大技が来ることもある。戦いの基本は先手だ。最初の一撃で決めるのが理想。そうでなくても動揺は誘える。終始攻め手に回って――」


 いつもより、ヴォーさんの口数が多い。

 おぼえなきゃいけないことが多くって大変だ。


 小一時間くらいで、傷が治った。

 ヴォーさんに言われて左手をにぎにぎしてみる。

 とくに違和感はない。

 そういうと、ヴォーさんは「ふぅ」と深い溜め息をついてボクから手を離した。


「ったく……」


 ヴォーさんは、なんだか機嫌が悪そうだ。

 みっともない戦いをしちゃったからかな?


「ああ、そうだ。言い忘れてたことがあったな――」


 怒られるのかな。

 ボクはぎゅっと身体を固くしてしまう。


「――よくがんばった」


 ヴォーさんは、ボクの頭をぽんと撫でてくれた。

 ボクの心の穴が、またひとつパチリと埋まった気がした。

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