第42話 有象無象がごちゃごちゃしてても撮れ高がない

 ――になるか?


 そんな声が聞こえたのは、小学校の女子トイレだった。

 旧校舎のトイレはくみ取り式で、そのままに入れるのだ。

 じっと上を見上げていたら、ぐにゃりと視界が歪んだ。

 しゃがみ込んでいた仁美ちゃんが、きゃっと悲鳴を上げて立ち上がった。

 おしっこが足にかかって慌てているみたいだ。


 ああ、それが見たい。

 便槽の中からじゃ、上の様子は見えないんだ。


 ――になるか?


 また、謎の声。

 眼になるってどういうことだろう?

 わからないけど、それになりたい気もするし、それだけじゃつまらない気もする。


 ――面白い。ならばこうしてやろう。


 頭痛。

 目の奥がみちみちと痛む。

 視界がどんどんくっきりしていく。

 左右の眼球が自由に動かせる。


 指が壁に張り付く。

 便槽の壁を這う。

 するする登る。

 仁美ちゃん。

 太ももを拭きながら、怯えてる。

 トイレの壁を這う。

 天井に張り付く。

 仁美ちゃん。

 へたり込んで、自分のおしっこでスカートを汚してる。

 仁美ちゃん。

 四つん這いで逃げていく。

 オラは天井を這う。

 仁美ちゃん。

 トイレットペーパーがしっぽみたいに付いてる。

 仁美ちゃん。

 膝まで下げてたパンツのせいで上手く動けない。

 仁美ちゃん。

 旧校舎から外に出る。

 仁美ちゃん。

 ひゅーひゅーと息をしている。

 仁美ちゃん。

 新校舎が見当たらなくて困ってる。

 仁美ちゃん。

 手近に下り階段を見つける。

 仁美ちゃん。

 パンツを上げて、階段を降りていく。

 仁美ちゃん。

 泣いている。

 仁美ちゃん。

 しゃくり声を上げている。

 仁美ちゃん。

 猿みたいな怪物に襲われる。

 仁美ちゃん。

 必死に両手を振り回す。

 仁美ちゃん。

 組み伏せられる。

 仁美ちゃん。

 仁美ちゃん。

 仁美ちゃん。

 仁美ちゃん。

 仁美ちゃん。


 オラはダンジョンの天井に張り付いたまま、あふぅとため息をついて、絶頂した。


 * * *


 あれから何年が経っただろう。

 ダンジョン震災が起きて、地上がめちゃくちゃになって、オラの目がカメラドローンになって、配信者を撮るようになって、オラも配信者で。

 よくわからない。

 でも、そういうのにこだわるのはやめた。

 オラは、オラの撮りたいものを撮るだけだ。


【はーい、全員注目っ!】


 眼下では、百人弱の配信者たちが集まっている。

 むさ苦しい男ばっかりだ。

 こういう画はつまらないな。

 天井のコケでも撮っておこう。


【えー、今回のオフですが、なんと98名もの参加者が集まりました】

【すげえ数だなw】

【モン虐民って意外と多いんだねえ】


 コメントがうるさいな。

 声を出して話せばいいのに。

 まあ、慣れるとコメントの方が楽なのはわかるんだけど。


【つか、主催の亀吉パイセンはどこにおるん?】

【エアプかよwww】

【亀吉パイセンは一度もカメラに映ったことがない】

【は? それでどうやって配信者やってんの?】


 間延びするから、そういうやり取りはやめてほしいな。

 早く、早くあの男の子ところに向かってほしい。

 パンパンと、一人の配信者が両手を鳴らす。


【えー、最近の日暮里ダンジョン。人によって違う入り口から入ってきたかと思いますが……たいへん危険となっております。なので、統制の取れない状態で突入するとおそらくあっさり全滅します。それは理解できますか?】

【同意】

【禿同】


 この前も、黒タイツの集団が二百人くらいで入って全滅してたな。

 あれは見てて面白かった。


【まず、前衛組と後衛組で分けます。近接職の方は前に、遠距離職の方は後ろにお願いします】


 人混みがふたつに分かれる。


【えー、前衛組の方。レベル50未満の方は最前列に。それ以上の方はその後ろにお願いします】

【なんだよ、俺たちは肉壁かよ】

【レベル差別反対!】


 最前列にされた配信者から不満が漏れている。

 ああ、もう、面倒くさい。


【えー、不満がある方はいま帰ってください。このあと文句を言ったら殺します。ダンジョンでは連携が大切です。オフ会だからと遊び気分で来ている方もいるかと思いますが、そういう方に足を引っ張られて死ぬのはごめんです】


 まとめ役の配信者の言葉に、低レベル配信者たちが黙る。

 帰るものはいない。

 現在の同接数は10万を超えている。

 このチャンスを逃したくないんだろう。


【えー、例のインキュバスきゅんは低く見積もってレベル50はあると思われます。近接攻撃力も高く、遠距離スキルも持つ万能タイプです。低レベル帯の方では逆立ちしてもかないませんので、とにかく防御に徹してください。盾を忘れた方は申し出てください。数に限りはありますが、貸し出しの用意があります】


 数人の配信者が盾を借りていく。

 強化ポリカーボネート板で出来た、機動隊とかが持ってそうなやつだ。


【えー、流れを再確認します。最前列の方はひたすら防御です。いいですね? 攻撃しようとしたら殺します。前列の方は武器使用厳禁です。後衛の方々も、バフ・デバフだけに集中してください。攻撃魔法は厳禁です】

【なんだよそのダルいルール】

【亀吉パイセンが台本書いてたろ。その流れ】

【ルールが守れんやつはカエレ】


 だらだらと説明が続いて、ようやく集団が進みはじめた。

 正直、ちょっと面倒くさくなってきた。

 オラはオフ会がしたいんじゃなくて、コラボがしたかったんだよなあ。

 有象無象がごちゃごちゃしてても、撮れ高がないんだよなあ。

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