第10話 迷宮歯医者

「これ、あいつらも落っこちてこないの……?」

「安心しろ。あの落とし穴シュートは一日に一度しか動かない。次の夜明けまでは大丈夫だ」

「よかったぁ……」


 不安げに天井を見上げていたアルプが、へなへなと崩れ落ちる。

 俺もそうしたいが、アルプを不安にさせるわけにもいかない。

 後肢あとあしに力を込めて踏ん張る。


 それにしても、あの反死者ゾンビの数は馬鹿げていた。

 正確にはわからないが、百体近くはいたんじゃないか?

 おまけに奇妙な改造までされている。


 魔法使いマジックキャスター近接職ウォーリアは単純に比較できるもんじゃないが、あの黄金鎧と近い実力者だと感じた。


 このダンジョンに、そんな上級配信者がやってくることは少なかった。

 何か、異変が起きている。

 それが配信者どもを引き寄せている。


 深部でマナ鉱山でも見つかったか?

 あるいは、レジェンダリーのドロップでもあったのか?


 ダメだ。

 考えてもわからない。

 情報が少なすぎる。

 そんなことより、今できることをやるしかない。

 俺は、ぴょんたんと歩きはじめた。


「それじゃ、行くぞ」

「うん! でもどこに?」


 不思議そうな顔をするアルプに、俺は答える。


「歯医者に行くのさ」


 * * *


「あらぁーん、おひさしぶりね、ヴォーの兄さん。わっちの胸が恋しくなったでありんすか?」

「ンなわけがあるか。歯を診てもらいに来たんだよ」

「んもーう、そんないけずなところもステキでありんす♡」

「歯医者に用事っつったら歯を診てもらう以外ねえだろうが……」


 俺は白衣の女に抱きしめられていた。

 メロンみたいにバカでかい乳房が暑苦しい。

 これだから、歯医者は嫌なんだ……


「それでン、どの歯が悪くなったでありんすか? 奥歯でありんすかねエ」

「牙だ」

「は? 牙が?」


 なよなよと身体をくねらせていた女が、真顔になって背筋を伸ばす。

 その白い額には、赤黒い血管が浮き出している。


「おい、わっちのしつらえた牙がどうこうなるわけねえだろうが。コバルトクロムにヒヒイロカネとオリハルコンを混ぜ込んで、ダマスカス仕立てにした逸品だ。<自己再生リジェネレイト>もたっぷり付与してる。ケチつけに来たんなら叩き出すぞこのクソウサギ」


 ああ、これだから歯医者は嫌なんだ……


「クレームじゃねえ。そいつを噛んだらこうなったんだよ」


 アルプが持つ黄金兜を、ぼろぼろになった牙で指す。


「あらァん? 何かしらこの兜……とんでもないマナが込められてるわン?」


 女は下半身の蛇体で兜をひったくると、まじまじと観察をはじめる。

 鼻で匂いをかぎ、先の割れた長い舌で舐め回している。

 俺がため息をつきながらその様子を見ていると、アルプが小声で聞いてきた。


(あの、このお姉さん、何なの?)

(歯医者だよ。俺の牙も作ってもらった)


 ダンジョンに巣食うモンスターには牙を武器にするものが多い。

 そのメンテナンスをしているのがこの女ってわけだ。


「あらァん、ごめんなさいね。そっちの坊やに自己紹介を忘れていたでありんすえ」


 女は器用に蛇体を折って、人型の上半身で三指を突いた。


「わっちはジョカ。このダンジョンで歯医者を営んでおりんす。どうぞご贔屓にお願いいたしんす」

「ボクはアルプ! インキュバスだよ!」

「かわいい坊っちゃんでありんすねえ。ほら、歯を診させてくれなんし。ああ、かわいい乳歯だこと――」

「あわわわわわ……」


 ジョカは、アルプの口に細い指を突っ込んで勝手に診察をはじめた。

 アルプは顔を真っ赤にしてなすがままにされている。


 ああ、これだから歯医者は嫌なんだ……

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