第29話 マルクの宿とヤナ族
「いらっしゃいませ!ようこそグラレス様」
「やあ、ブランジュさん。またお世話になりますよ」
宿の扉を開けると、明るい室内にふわっと漂う美味しそうな香り。しかも手作りのコサージュがあちこちに飾られていて、カントリーな雰囲気なの。これに反応したのはやっぱりシャルさん。
「まあ!可愛い!」
ってあちこちを見て回っているの。私もウズウズしていたらバージさんが降ろしてくれたのよ。シャルさんと一緒になって宿の中を探検していたら、既に宿泊受付は終わってたわ。
今回は4人部屋が二部屋取れたらしいの。赤獅子メンバーとグラレスさん、シャルさん、私とバージさんの組分けね。通路や食堂も木の温もりとセンスの良い布の組み合わせで、男性もこれは寛げる感じ。
そして流石魔導具の街。照明の魔導具から空調の魔導具、施錠の魔導具もあるの。セキュリティしっかりしているのね。結構高いんじゃ……ってグラレスさんに聞いてみたんだけど。
「なあに、これはいつもの感謝ですよ!それにアレの感謝もありますからね」
太っ腹のグラレスさんが指差すのは、部屋に着いた途端に作業を始め出したシャルさん。ダダダダ……!と集中して服を作っているわ。そう、最近シャルさん用に見つけたの。
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シャルさんたら、魔導エクレシア辞典を見てからヤル気のスイッチが入っちゃって、時間があれば服を作っているの。で、魔導ミシン今縫っているのは私の服。肌触りの良いパジャマを作ってくれているんだけど、もう少しで出来るそうよ。
あ、バージさんはといえば、部屋に入るなりセキュリティ状態を確認して、夕食まで宿の裏庭で鍛錬しているの。勿論赤獅子メンバーも一緒。でも万が一に備えてルインさんが残ってくれているわ。魔導エクレシア辞典を見ているけど。グラレスさんも読書しているわね。
え?うるさくないのかって?それは魔導ミシンだからかしら、音が静かなのよ!よく耳を澄ませて聞こえる時計の音くらいの音なの。凄いわよねぇ。で、私はベッドの上でウィルを出して、魔導具ショップサイトを見ながらうつらうつらとしていたら……
「出来たわ!自信作よ!」
って言うシャルさんの声で目が覚めたの。で、私に見せてくれたパジャマはね……
「しゃるしゃん。これ……」
「もうこのデザイン見てからユイちゃんに作りたくって!是非着てみて欲しいの!だから、貴方とルインさんは一旦部屋を出てくれる?」
勢いのあるシャルさんに苦笑いしながら、部屋を一旦退出する2人。私はニコニコシャルさんにパジャマを着せて貰ったの。何のパジャマかって?
「おお!これはまた可愛い獣人さんだ」
「フードに耳がついているのも良いな」
そう、犬の着ぐるみパジャマなの。まさか自分が着る事になるとは……くうう!恥ずかしい!
「きゃあ!ユイちゃん可愛い!」
「尻尾もあるのねぇ」
鍛錬を終えて戻ってきたカエラさんとエレンさんには大好評だったわ。ぎゅっと抱きしめてくれて、しっかりチェックもしていたもの。私の後ろでは満足げなシャルさん。「もう一着、普段着用であれば良いわね」だって。うん、シャルさん止まって下さい!私普通の!普通の服が欲しいです!
シャルさんにお願いしていたら急に目線が高くなったの。ヒョイッとバージさんが抱き上げてくれたのね。
「ユイ、似合うな。これ着て飯食べに行こう」
って連れ出すんだもん。ダンさんがウィルを魔導ポシェットにいれてくれて全員で食堂に向かったわ。でも食堂でブランシュさんに見つかった私はお人形と化したわね。ブランシュさんの入念な服チェックが入ったの。チェックの後、縫い具合が均一で凄いってもうベタ褒めだったわ。シャルさんが上手く誤魔化してブランシュさんと話していたけど、盛り上がっちゃって大変。私は解放されたけどね。
「ウチのがすまないね」
席に着いた私達に調理長のご主人さんが配膳してくれたわ。出来立てのパン山盛りと貝がたっぷり入ったシチュー、バージさん達はボア肉ステーキも頼んでいたの。ジュウジュウ音を立ててすっごい美味しそう!でも嬉しかったのは
「かいがいっぱいでしゅ!(貝がいっぱいです)」
そう!ここは内陸なのに新鮮な貝が沢山入っていたの!聞いてみたら、この街には保冷の魔導具と専用のアイテムボックス袋があるんですって。だからいつでも新鮮な魚介類も手に入るそうよ。でもね……
「最近は魔物が多くてね。商人達も二の足を踏む事が多くなっているんだ」
ご主人さんが忙しい中そう教えてくれたわ。更に、隣の席から聞こえてくる話がヤナ族の女性たちの話だったものだから、すぐに動き出すグラレスさん。
「ご主人、隣のテーブルにエールを2杯お願い出来ますか?」
「はいよ」
すかさずエールを贈って、話すきっかけを作っていたわ。隣の2人組の男性によると、どうやらパルフール山で魔物が増加しているから、対抗出来ないヤナ族の女、子供はこの街に降りて来ているらしいの。
「マパヤの被害を食い止める為、ヤナ族の男達と王都からの冒険者が奮闘しているがなぁ」
「ありゃ、もう少し増援がいないと疲れちまうだろうな」
と言うこの2人も冒険者だけど商会の専属護衛らしく、街道の様子しかわからないみたい。でも有力な情報でヤナ族の女性達が泊まっている宿を教えてくれたのよ。
念のためご主人に聞いて確認が取れたから、明日にでも訪ねる事にした私達。それにしても
「ばーじしゃん、すごくみられているでしゅ」
ずーっと視線が私に集中しているのよ。みんなにこにこしているから嫌な視線じゃないけど落ち着かないの。
「ん?当然だろ。ユイの食べている姿が可愛くて癒されるんだから」
笑顔で撫でながら言うバージさん。こっちの人達はストレートに言うからなぁ。元日本人には甘すぎます。
そんなほのぼのしていた食堂にバタバタと入ってくる人達がいたの。
「ここの宿にグラレスさんがいると聞いてきたのですが、いらっしゃいますか?」
一瞬静かになりざわざわし始める食堂内。え?グラレスさんのお知り合い?
「何と!シーラさんでしたか!」
グラレスさんがシーラさんと呼んだ女性は、綺麗な獣人さんだったの。グラレスさんの姿を見つけて、ホッとした顔をしたその人は足早に数人の女性と共にこのテーブルに近づいてきたわ。
「グラレスさん、お久しぶりです!お会いして早々に申し訳ないですが、私達を山に連れて行ってくれませんか⁉︎」
何か焦っている口調で口々に頼み込んでくる女性達。緊急な何かがあったのかしら?というかこの人達って、もしかして……
「シーラさんここでは何ですから、部屋に行きませんか?私達4人部屋ですから、其方でお話しを伺っても良いですか?」
グラレスさんの言葉にハッと気づく女性達。そう、みんな何があったのか聞き耳立てていたのよね。女性達の視線を感じて、周りの人達も慌てて話始めて、食堂のざわめきが戻ったのだけど……
「あれってヤナ族だよなぁ」
「なんかあったのか?」
って周りから聞こえてきたの。
やっぱりヤナ族の女性達だったわ。緊急感を感じ取って、私達全員部屋に移動したのよ。全員が揃ったところで部屋の鍵をかけ、改めてシーラさんにグラレスさんが尋ねたの。
「シーラさん。もしかして魔導具に変化がありましたか」
え?一体どう言う事かしら?
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