第11話 パルトール商店って?
「ユイ、ほらあれがパルトール商店だ」
私を抱えながらバージさんが教えてくれたのは、大通りの中心地にある大きな建物。あれは商店?って言いたくなる大きさのお店。まだ距離があるのにわかる位建物が大きいのよ。そして大きな看板には、反物の絵にチュニックの絵が描かれていて、その下に現地語でパルトールって書いていたわ。
「ふくやしゃんでしゅか?(服屋さんですか?)」
「ああ、そうさ。生地から服の仕立てまで行う店なんだぜ」
私が興味を示したので、ダンさんが誇らしげに店の詳細を教えてくれたの。うわぁ!服屋さんよ!見てみたかったのよね。話の後でじっくり見れないかしら。
「ばーじしゃん、おはなしおわったらみてみたいでしゅ(バージさん、お話終わったら見てみたいです)」
よっぽどワクワクした表情してたのね。頭撫でながら「そうだな。旅仕度しないといけないしな」って言ってくれたのよ。楽しみね。
そしてお店に着いてダンさんが扉を開けたら、「いらっしゃいませ」と店員さんらしき女性に迎えられた私達。店内は綺麗に整頓された生地が机の上に並べられていて、壁際にも生地のロールがいっぱいあったの。魔導具の照明が店内を明るく照らしていて、とても雰囲気がいいお店だわ。それに、麻生地だけかと思っていたけど結構布の種類があるのよ。……でも服が見当たらないわね。
バージさんに聞いてみたら「ここは古着は扱わない高級店だぞ」って教えてくれたの。そっか、既成服って古着だけになるのね。うーん、ちょっと残念。立ち止まっていると「バージ、二階に来てくれ」と階段から私達を呼ぶダンさん。私を抱えて階段を登るバージさんをダンさんが階段脇の部屋に案内してくれたの。
「グラレスさん、ダンです。バージとユイちゃんを連れてきました」
ノックをして中に声をかけるダンさん。「入って下さい」と優しそうな男性の声が聞こえてきたわ。ダンさんがドア開けて入った部屋には、赤獅子メンバーと少し恰幅の良い優しそうな男性がソファーに座っていたの。
ここは応接室かしら?テーブルを囲んで向かい合わせのロングソファーに1人掛けのソファーが二つあったのよ。床に綺麗な絨毯が敷いてあるのは布地を扱っているお店って感じね。
私がキョロキョロと部屋の中を見ていると、「ようこそユイさん、バージ」と男性が立ち上がって迎えてくれたわ。この人がグラレスさんかしら?
「まずはユイさん、初めまして。パルトール商店、店主のグラレスと申します。以後お見知りおきを」
グラレスさん(33)が幼児の私にも丁寧に自己紹介してくれたの。私も「ユイでしゅ。よろしくおねがいしましゅ」って抱えられながら挨拶したわ。だってバージさん降ろしてくれないんだもの。
「グラレスさん、何の話ですか?」
バージさんたら立ったまま不躾にグラレスさんに聞くのよ。恩人じゃなかったかしら?って見上げて見たら怖い顔のバージさんがいたの。思わず「どうしたんでしゅ?」って聞いちゃったわ。そんな様子を見て思わず笑い出すグラレスさん。
「はっはっは!バージがここまで感情を表すとは!いや、すまない。……心配しなくていいですよ、バージ。あなたからユイさんを取ろうなんて話じゃありませんから」
そう言って私達をソファーへと促してくれたの。バージさんの表情もいつもの表情に戻っていたわ。……そっか。バージさん、私をグラレスさんが引き取る話をするんじゃないかって心配していたのね。心配しなくても相棒の側を離れるつもりなんてないのに。ふふっ、でもなんか嬉しいわ。
ソファーに座ってようやく一人で座らせて貰える様になった私に、グラレスさんが話し始めたの。
「ユイさん。失礼ながら貴方の事は赤獅子メンバーから聞かせて頂きました。……実は私も出身はビーツでして、渡り人には並々ならぬ思いがあります。正直に言って、バージとの関係が難しい様であれば引き取る話も考えていたのですが……」
そんなグラレスさんの話の途中で、私をヒョイっと抱えて自分の膝の上に置くバージさん。その様子に苦笑しながらグラレスさんは話を続けてくれたわ。
「まあ、その様子なら心配いらないでしょう。本題はここからです。聞くところによると、パルフール山脈に行く予定だとか。しかもムルカの村といえば、カシュミールの本家本元のヤナ族がいる村じゃないですか!」
だんだんと前のめりになって話し出すグラレスさんに圧倒されていると、ハッと気づいてコホンと咳払いをするグラレスさん。
「いいですか、ユイさん。カシュミールは大変希少な布でして、手に入れるにはヤナ族の許可が必要なんです。その許可を得るのは相当難しいと言われています。ですからここで提案です!どうでしょう、私も連れて行ってくれませんか?」
「ほえ?」
あまりにも意外な提案に思わず、変な声を出してしまったわ。バージさんの顔を見ると、バージさんも驚いた顔をしていたわね。この展開は予想していなかったのね。そして、ここからグラレスさんが自分を売り込んできたの。
「まず第一に、私を連れて行くと赤獅子メンバーもついて行きますから道中の安全性が増すでしょう。第二に、ある程度の街で私は顔が効きますから門の通行はスムーズになります。そしてこれが一番ですが、ヤナ族の族長と私は顔が繋がっています!交渉はスムーズに行くと思いますよ。いかがですか?」
「是非!」と私に向かって頭を下げるグラレスさんに、思わず聞いちゃったわ。
「どーしてしょこまでしてくれりゅんでしゅ?(どうしてそこまでしてくれるのです?)」
私の言葉に顔をあげたグラレスさんはにっこりと言い切ったわ。
「商人の勘です」
「ほ?」
あまりにも予想外な答えが返ってきたの。でもね、グラレスさんは「先見」ってスキル持ちなんですって。そのスキルとグラレスさんの努力でここまでお店を大きくしてきたらしいんだけど、今度は私の話を聞いた時に大きく反応したみたいなの。ビーツの出身も相まってこれこそ天命だって強く思ったらしいのね。
「ですからユイさん、バージ!是非お願いできませんか?」
恩人であるグラレスさんがここまで必死に頼み込んでくるとはバージさんも、思ってなかったみたいで面白い顔になっていたわね。そんなバージさんの服をツンツン引っ張りながら、私もお願いしてみたの。
「ばーじしゃん、ぐられしゅしゃんといっしょにいきましぇんか?にんずうがおおいほうがたのしいでしゅ(バージさん、グラレスさんと一緒に行きませんか?人数が多い方が楽しいです)」
そう、私もグラレスさんが一緒の方が良い気がしたのよね。もう私の事を理解した上での話だから、断るつもりなんてなかったのよ。そんな私を見て納得したのか、私を撫でながらグラレスさんにバージさんが言ったの。
「是非お願いします」
バージさんの言葉に「よし!」「よっしゃ!」「やった!」「流石グラレスさん!」って喜んだのが赤獅子メンバー。後から聞いたら、私達と一緒に行動もしたいけど、お世話になったグラレスさんの力にもなりたかったんですって。それが両方叶うとなったから思わず声に出しちゃったってエレンさんが教えてくれたわ。
そんな赤獅子メンバーを嬉しそうに見るグラレスさん、サラっとこんな言葉も言っていたわ。
「じゃ、妻も宜しくお願いしますね」
これには流石にピタッと動きが止まった私達。ニコニコ笑顔のグラレスさんによると、どうやら今回の件でパルトール商会の店主の座を息子さんに譲る決意をしたらしいの。そして自分達は仕入れ担当になって、今後もあちこち旅をする私達に同行する事にしたらしいわ。
これも後から聞いた話だけど、「聞いてませんよ、父さん!」って怒られましたよ、とはっはっはと笑って教えてくれたグラレスさん。そこはグラレスさんの方がやり手で、前々から準備は既に整っていたんですって。「いやあ、本当にいい機会でしたよ」と笑うグラレスさんを頼もしい人が一緒になったわね、と思ったのは私だけじゃないはず。でもその後が大変だったのよね……
「あなた、ユイちゃんには明るい色がいいんじゃないかしら」
「ふむ。では形はこちらの動き易い上下を参考にしますか」
「グラレスさん、ユイには手触りのいい服をお願いしたい」
グラレスさんの奥さんシャルさん(19)とグラレスさん、それにバージさんまで加わって私の旅の服を選んでくれているの。
あの後、すぐにシャルさんを紹介してくれたグラレスさん。シャルさん私を見た途端、「可愛いわぁ!」って抱きあげてくれて、「これは是非旅の間の服も作ってあげなきゃね、あなた」って私を連れて店に連れてきたのよ。私の着ていた服の素材を知りたかったグラレスさんもここぞとばかりに加わって、更に私の着る服を選ぶならってバージさんも参戦。現在下着姿で色々布を当てられている人形の私。本人が圧倒されるくらい3人が真剣に選んでくれているの。
服ができるまで時間が掛かるんじゃないかって聞いたらね、シャルさん「縫合」スキル持ちなんですって。あっと言う間に服を縫えるらしいの。「ユイちゃんの服なんて簡単よ」って貫禄のお言葉頂いたわ。……私裁縫は苦手だったのよ。まあ、3歳のこの手じゃ元々無理だったけどね。尊敬します、シャルさん。
あ、赤獅子メンバーは既にパルトール商店を出て、旅の準備をしに早速動いているわ。流石に二日は欲しいってグラレスさんが言うから、出発は三日後の早朝にってトントン予定が決まったからね。引き継ぎを二日で出来るグラレスさんって凄いわよねぇ。
という事で、私の服の事にかまっている暇はないんじゃないかって言ったら「それはそれよ」「ええ、我がパルトールの服を着て是非旅に出て欲しいですからね!」とどうやら私を広告塔にするみたいね。「可愛いからやり甲斐があるわ!」と気合いの入っているグラレスさんとシャルさん。商魂逞しいわよね。それにしても……
「ユイちゃん、今度はこの生地を当てて見て」
「ユイさん、この形の服どうですかね?」
「ユイはこっちの色がいいと思わないか?」
どうやらまだまだ私は解放されないみたい……
「こりぇはこりぇでたいへんでしゅね(これはこれで大変ですね)」
この日は人形になろうと決意したわ。そして解放されたのはその2時間後、流石に疲れてテントに戻った途端に眠った私。
自分の服を作るって大変ね……
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