第8話 「魔導エクレシア辞典」って?

 「ばーじしゃん、でらっくしゅまどーてんとだしたいでしゅ……(バージさん、デラックス魔導テント出したいです……)」

「あー……まぁ、そうなるか」


 木漏れ日の宿のベッドの上で呟くその私の様子に、更に怖い顔(困った顔)で頭を掻くバージさん。宿の美味しいご飯も堪能して、赤獅子のメンバーや兵士のお兄さんのお酒を断りながらも、部屋に戻ってきてくれたバージさんを困らせるつもりはなかったんだけどね。


 ベッドが硬いのよ……!しかもザラザラしたシーツで寝るに寝れないの。隣りや下の食堂からの声も思った以上に筒抜けで、気になるし……贅沢に慣れたら駄目ね。


 考えてみたら私が着ている服は、クレーリアさんから贈られた着心地のいい服だったから気づかなかったけど、この世界の人達の服の生地って麻生地なのよ。で、シーツや他のタオルもどうやら一緒なのね。バージさんによると、貴族はいい生地も着ているそうだけど……


「わかった。ちょっと待ってな。アイラさんに頼んでくる」


 ニヤリとした顔(笑顔よ、これ)で私の頭を撫でて食堂に戻って行くバージさん。……うう、わがままでごめんなさい。


 でも、この世界の人ってコレが普通なのよね。日本って贅沢だったわ。だってかなり質感にこだわった下着とか肌触りのいいリネンとか、季節にあった生地を使って服ができていたのよ。この世界にもそれだけ生地があればいいのに……って思っていたら扉が開いてこの宿の女将さんのアイラさんが部屋に入ってきたの。


「ユイちゃんうるさくて済まないねぇ。何?テントで寝たいって?」

「しゅみましぇん。てんとがおちちゅくでしゅ(すみません、テントが落ち着くです)」


 ベッドの上に座っていた私をヒョイっと抱えて撫でてくれるアイラさん。来た時から可愛がって貰っているの。ご飯食べている時も気を遣ってくれて、忙しいのにちょこちょこ様子を見にきてくれたのよ。あ、因みに今日の夕食はオーク肉のモロ煮込みとパンと野菜スープだったわ。柔らかく煮込まれたオーク肉が美味しかったのよ。


「そうかい、そうかい。なんだったら私のところで一緒に寝るかい?」


 頬を私のほっぺにくっつけてスリスリしながら、提案してくれたけど……その好意は嬉しいけど、テントが良いなと思っていたら、バージさんが私をアイラさんから取り返して「ユイは俺と寝るんだ」って言ってくれたのよ。アイラさんに悪いけど、助かったわバージさん。


「ありがとうございましゅ。でもばーじしゃんとねましゅ(ありがとうございます。でもバージさんと寝ます)」

「そうかい?残念だねぇ。いつでも声かけて良いからね。さて、じゃ、裏庭でいいかい?」

「ああ、悪いな。部屋代払うからしばらく裏庭にテント張らせてくれ」

「構わないよ。ユイちゃんにもしばらく会えるからね」


 寛大なアイラさんのおかげで夜の街に出なくとも、裏庭でテントを張る事ができる様になった私達。「あれ?バージどこ行くんだ?」とお酒の入ったダンさん達がいる食堂を通り過ぎて、調理場の裏口から裏庭に案内してくれたアンナさん。「あんたらなら出入りにはここを使って良いからね」と言って店の中に戻って行きます。


「ばーじしゃん、いいおかみしゃんでしゅね(バージさん、良い女将さんですね)」

「ああ、アンナさん世話好きで、程よい距離感で助かっているんだ。気持ちのいい人さ」


 私を抱き上げながらバージさんが、アンナさんの背中にお礼をしていたわ。このお宿、最初からバージさんに変わらない態度を取ってくれていたんですって。あったかい人達なのね。


 さて、アイテムボックスからテントを出して……バージさんに抱えられながらテントの中に入るとホッとする私。


「ただいまでしゅ」


 誰にいうわけでもないけど挨拶をすると、「お帰り、だな」とバージさん。二人で挨拶しあって笑い合う私達。ここが既に自宅になっているのよねぇ。早速シャワーを二人で一緒に浴びて、その後は水分補給をする私達。


「ぷはっ」「あーうめえ!」


 ふう、やっぱりテントはいいわぁ。あ、でも裏庭を貸してくれたアイラさんに感謝の気持ちを伝えたいわね。ソファーによじ登ってステータスボードを出す私の横にどっかり座るバージさん。


「ん?なんか出すのか?」

「あいらしゃんに、にゃにかありがとうってあげたいでしゅ(アイラさんに、何かありがとうってあげたいです)」


 魔導具ショップサイトを出してタオルとかどうかな、と考えていた私に、迫力の真面目な顔で「辞めた方がいい」ときっぱり否定するバージさん。


「いいか。ユイの出す魔導具はどれも一級品だ。それはアイラさんも分不相応だって言って受け取らないだろうし、必ず注目を浴びるぞ。ユイは目立ちたいか?」


 しっかり私の目を見て言うバージさんの言葉に動きが止まったわ。……そうだった。確かに私のスキルで出す物ってこの世界では目立つ物ばかりよね。タオルだってそう。みんな一般の人達は麻生地のタオルだわ。それがふかふかで汚れ知らずのタオルなんて渡したら……いずれにせよ騒がれるわね。


「そりぇはいやでしゅ(それは嫌です)」

「だろ?だから部屋代払うんだ。それとユイが食べに行くだけでアイラさんは喜ぶさ」


 バージさんが私の頭を撫でながら、慰めてくれたわ。でも何かあげたかったなぁ、となんとなく複雑な気持ちで黙っていたら、ステータス画面が魔導具ショップサイトの画面に変わったの。


 【生活魔導具サイト】←本日のおススメ有り!

 【移動魔導具サイト】


 またおススメがきたわね。【生活魔導具サイト】の何かしら?


【生活魔導具サイト】

 〈家電魔導具〉

 〈家具魔導具〉

 〈雑貨魔導具〉←本日のおススメ!

 〈日用品魔導具〉

 〈護身魔導具〉


 〈雑貨魔導具〉?とにかく開けて見ましょう。


 本日のおススメ!

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「まどーえきゅれしあじてんでしゅか?(魔導エクレシア辞典ですか?)」

「何だそれ?」


 私が驚いているのに気付き、何かを聞いてくるバージさん。バージさんはステータス画面見えないのね。それじゃ、読んであげましょうかと思って辿々しく説明をすると……


「ユイ!それは是非購入するべきだ!この世界の事がわかる本なんて貴重だぞ!」


 バージさんにもかなり積極的に勧められたの。でも私もこれは勿論買うつもりだったわ。まだ私何にも知らないんだもの。


「こうにゅうしましゅ(購入します)」


 ついタップせずに口頭で了承しちゃったんだけど、それでもいいみたいね。目の前のテーブルにシュンって現れた厚みのある本。私が触る前に自動で開いて、あるページで止まったわ。そして本から透明な映像が現れて、文字が映し出されたの。


 《【魔導エクレシア辞典】を購入ありがとうございます。この本はユイ様とユイ様が承認した方のみ閲覧が可能です。承認申請する場合はこの本にユイ様の手と承認したい方の手を同時に触れて、許可ペミトと宣言をして下さい。同時に閲覧が可能になります》


「ユイ!頼む」「はいでしゅ」


 私がバージさんに映し出された文字を説明すると、すぐに反応するバージさん。二人で手を添えて「ぺみゅと!」って言ったの。舌足らずでも本が反応したみたい。一瞬本が光ってバージさんが「見えた!」って喜んでいたわ。そして更にパラパラページがめくれて映し出されたのは……


「やぎでしゅか?」

「これは「マパヤ」だな」


 ヤギみたいな動物の映像だったの。横に説明文字が書いてあったわ。


 [マパヤ]

「カシュミール」という上質な布の原料となる毛を持つ山羊。生息地:パルフール山脈、ムルカの村。高い標高と、寒冷な気候、それに土壌に恵まれていない土地で育まれる上質な毛は肌触りがよく、その毛でつくられる布は艶のある光沢、とろけるような柔らかさ、極上の温もりを与えてくれる逸品。まだこの世界に希少な布で、感謝の気持ちを届けて見てはいかがですか?

 布の作り方:魔導具ショップサイトの【特殊居住魔導具】で布製造可能です(素材を入手後新たに開設されます)》


「こにょほんしゅごいでしゅ!(この本凄いです!)」

「ユイもまだ知らない能力までわかるのか……!」


 魔導具自体は他の人に渡せないけど、魔導具を使って物を作る提案をこの本はしてくれたのね。ものづくりは好きなのよ!それに布の存在はかなり気になるわ。……まあ、そこまでしなくてもって気持ちもあるけど、今の私には時間はたっぷりあるんだもの。やってみてもいいわよね!


「ばーじしゃん!」


 バージさんにパルフール山脈まで行きたい事を伝えようとしたら、「地図までこんなにわかりやすいのか!」って既に調べてくれていたみたい。その後二人で興奮して調べた結果はこんな感じ。


 距離:魔導ハイヤー、魔導バイクを利用して一ヶ月。

 道中に出てくる主な魔物:

 [ビッグシャムダイル]ウェルグロードというエクレシアの名所に生息。5m級のクロコダイルの様な生物。肉食。革は防具に最適。

 [ビッグホーンワイルドシープ]素早い動きと巨大な角が特徴。高地に生息。6m級の大型の羊。雑食。革、毛、角全て武器や防具、寝具、布に最適。

 他[オーク]、「ゴブリン」、「一角兎」等多数


 流石にまだ開設されていない魔導具ショップサイトまでは詳しくはわからなかったけど。次に開くサイトもわかったし、目的も出来たし楽しみが増えたわ!あ、他に何が書いてあるかしら?「しゃて……(さて……)」って本腰入れて一人で見ようとしたら……


「ユイはもうこっちだ」


 ヒョイっとバージさんに抱えられて、寝室のベッドの中に連れて行かれたの!「ばーじしゃん!もうちょっとみたいでしゅ!」って抵抗したんだけど、肌触りの良い毛布をかけられてポンポンと優しく叩かれていたら、すぐに瞼がおりてきたのよね。3歳児にまだ夜更かしは無理だったわ。


 明日は起きたらまた読もう、と決意してフェンシルの街1日目の夜は更けていったの。

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