模擬戦

 俺とカイルのやり取りを見たクラスメート達の間に動揺が拡がっていた。

 

 竜殺しの栄誉まで得た英雄が、降したはずの相手に凄まれて退散する。

 クラスメートにとってそれは衝撃的な光景だったのだろう。

 

 ひそひそと話す者や、目を丸くする者、中にはカイルの事を悪く言う者もいる。

 

 ただただ怒りに任せただけで、意図してこの状況を作ったわけではないが、悪くない状況だと思う。

 誰もがカイルを肯定する環境は、カイルを増長させていた。だが、これで少しはマシになるだろう。


 まだざわつきが残る教室に担任が入ってくる。

 担任はいつもと違う教室の雰囲気に首を傾げたが、それに言及する事なく、連絡事項を話し始めた。


「順位戦の日程だが一週間後に決まった」


 それを聞いたカイルは、静かに拳を握っている。

 名誉挽回のチャンスがすぐに訪れたのだ。気合いも入るというものだろう。


 対してレイナは、飄々としている。

 また強がっているのかと心配になった俺は、小声で話しかける。


「……大丈夫か?」


 レイナはきょとんとした顔になる。


「何がですか?」

「いや、順位戦だよ。緊張してるかなと思って」

「ああ、なるほど……」


 レイナは困ったように微笑んだ。

 

「私は負けた事がないので。カイルさんがどの程度強いのかは知りませんけど、自分が負ける姿は想像出来ません」

 

 淡々とそう言ったレイナを見て、俺は頭を抱えた。

 

(クオンそのものじゃねぇか……)

 

 無敗ゆえに傲慢。

 ふわふわとした雰囲気のせいで忘れていたが、レイナはしっかりとクオンの役割を引き継いでいる。

 

「ぶっ飛ばしてね、レイナ」

「応援は任せてでござる!」

「はいっ! カイルさんの事は嫌いなので、遠慮するつもりはないです!」

 

 カイルが嫌いとレイナは言った。

 やはりレイナも俺と同じように、カイルへの怒りが植え付けられていると確信できた。


(……やるか。念には念を入れて……)


 盛り上がる三人を眺めながら、俺は心を鬼にすることを決める。

 

「レイナ……今日から特訓しようか」

「特訓、ですか……?」

「ああ、俺との模擬戦な」

 

 レイナは遠慮気味に俺を見つめる。

 

「でも……私は兄さんを痛めつけたくないです」




 



 ――放課後。

 俺とレイナは闘技場で、お互いに木剣を構えて対峙していた。

 ルナとアカネも来たがっていたが、俺が無理やり帰らせた。

 

「兄さん……」

 

 心配そうにしているレイナを見て、俺は挑発するような手を叩く。

 

「ほら、来いよ」

「……いきますっ!」

 

 レイナは真っ直ぐ向かってきた。

 そのまま剣を振り下ろすが、その動きはあまりにも遅い。手を抜いているのが丸わかりだ。

 

「舐めているのか?」

 

 俺は簡単に受け止めると、力を込めて押し返す。

 

「きゃっ!?」

 

 レイナの身体が宙に浮き、尻餅をつく。

 

「もう一度だ」

「はい……っ」

 

 今度は先程よりも速く、力強く打ち込んできた。

 だが、それでも俺にとっては、造作もなく弾き返せる程度の強さだ。


 レイナのレベルは、おそらく原作のクオンと同程度。

 今の俺とはレベルに開きがありすぎて、そもそも戦いにならない。

 

「……っ!」

 

 再び尻餅をついたレイナを、俺は冷たく睨みつけた。

 

「弱いな……無敗が聞いて呆れる」

 

 レイナはおどおどした様子で俺を見ていた。


 ルナとアカネを連れてこなくてよかった。

 もし連れてきていたら、間違いなく止められていただろう。

 

「早く立て。それでも俺の妹か」

「……妹です!」

「え……? ああ……」


 予想外の返答に言い淀んだが、気持ちを切り替えて吐き捨てるように言う。


「俺に弱い妹はいらない」

「そんな……」

 

 涙目になっているレイナを見て心が痛む。

 やり過ぎかもしれない。だが俺は、たとえ嫌われてでも、徹底的に敗北の味を刷り込むつもりだ。


 無敗ゆえに傲慢になっているなら、敗北の味を覚えさせてやれば良い。

 だが、生半可なものでは、レイナが敗北と認識するのか不安だった。

 

 兄妹のじゃれあいとでも認識されては元も子もない。だからこそ、俺は必要以上にレイナに格の違いを見せつけている。


「い、いきます!」


 何度も何度もレイナを転ばせた。

 疲弊して顔色が悪いレイナに対して、俺は無傷どころか息すら上がっていない。


 念には念を入れてここまでやったのだ。

 俺の時と同じように、カイルへの尽きぬ怒りから解放されたと信じたい。


「レイナ」


 俺が名前を呼ぶと、レイナはビクッと肩を震わせる。

 

「悪かったな……痛かったろ?」

「……ぐすっ」

「帰って傷の手当てしような」

「兄さん……もう、怒っていませんか?」

 

 縋るような目つきをするレイナ。

 

「もちろん怒ってないよ。厳しくしたのは、考えがあっての事で――」

「レイナの事、嫌いになってませんか?」

「当たり前だろ」

「……好きですか?」

「ああ、もちろん」

 

 レイナはぎゅっと俺に抱きついてきた。

 その身体が震えているせいで、罪悪感が増していく。


 レイナの味方はただでさえ少ないというのに、その相手から突き放されては、不安になって当たり前だ。

 

「ちゃんと好きって言ってくれないと嫌です」

「好きだ」

「……もっと。頭を撫でながら」


 不安の裏返しか、レイナは普段より甘えてくる。

 俺はそんなレイナの要望に応えながら、中々離れようとしないレイナを抱えて部屋に戻った。

 

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