依存
学園は休校になり、学園迷宮の周りは幾重にもバリケードが張り巡らされている。
だが、実家が遠く、おいそれとは帰れない寮生の為に、寮は開放されていた。
カレンは自室で目を覚ました。
普段は掃除が行き届いた部屋だが、今日ばかりは散らかっている。
だが、カレンには、片づける気力がなかった。
「なんなのよ、あいつ……」
クオンの顔を思い出したカレンは悪態を吐いた。
だが、そんな言葉とは裏腹に一筋の涙が頬を伝った。
「うっ、あぁ……」
思い出すのは拒絶の言葉にその表情。
壁に追いやられ、顔を近づけられた時は、高鳴る胸を押さえつけ悪態を吐く事で平静を装っていた。
そうしなければ、喜んでいる事がバレてしまう。
それは恥ずかしい。でも少しは素直になったほうが、クオンも喜んでくれるかも――。
そんな思いは、当のクオンに冷や水をかけられる。
カレンは感情の落差で、精神的に不安定になっていた。
「……行かないと」
カレンはどれだけ落ち込んでいても、その行動力が塞ぎ込んで部屋に篭る事を許さなかった。
クオンともう一度話そう。カレンはそう考え、部屋を飛び出した。
「外出ですか?」
寮を出ると、すぐさま警備に当たっていた騎士に話しかけられる。
騎士達は、事情があるとはいえ、危険地帯に一般人が出入りしていることをよく思っていない。
口には出さないが態度に透けて見えるので、寮に残ることを選んだ生徒達は、外出を極力控えていた。
「少し買い出しに……」
「わかりました。くれぐれも迷宮には近づかないように」
カレンは騎士の目が届かない場所まで歩く。
そして振り返り、騎士の姿が見えない事を確認する。
「クオンも寮に帰っているはず……」
カレンは人目を避けて男子寮に向かった。
しばらく男子寮の周辺を歩いていると、難しい顔をするクオンの姿を見つけた。
「あっ、うっ……」
いつものように声を掛けよう。
そう思っても上手く口が動かない。
「あ……」
じっと見つめる事、数分。
クオンがこちらを向いて顔をしかめた。
「おい、カレン」
カレンはビクッと肩を震わせる。
また拒絶されるのではないか。そんな考えばかりが頭を巡る。
「な、なによ……」
「俺に協力しろ。お前の力が必要だ」
予想とは違うクオンの言葉に、カレンは口をぽかんと開いた。
しばらく呆然としていたカレンだが、クオンの言葉を反芻するうちに、段々と表情が柔らかくなっていく。
「う、うんっ」
「お前の回復魔法が――ん? 良いのか?」
カレンは回復魔法が使える治癒士の適正が高い。
早急なレベリングが必要なクオンにとっては、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
だが、カレンは一度感情的に突き放した相手。
ダメ元で誘ってはみたが、断られるとクオンは考えていた。
「協力してあげる」
それなのに、カレンは二つ返事で了承する。
鼻息荒く、やる気に満ち溢れた表情をしていた。
「そ、そうか……」
クオンは首を傾げながらも、それ以上何も言わなかった。
「部屋に来てくれ、詳細を話す」
クオンに必要とされている。そう感じたカレンは段々と調子を取り戻していく。
「私に治癒士になってほしいの?」
「ああ」
「ふーん……やっぱり、クオンは私が必要なのね」
「そうだな」
カレンの態度を見て、植え付けられた感情が抜けていないのではないかと疑うクオンは、そっけない返事ばかりだった。
だが、彼らは感情や記憶に手を出す事は、約束通りやめている。
カレンの態度がおかしいのは精神の不安定によるものだ。
拒絶され、傷つき、精神的に不安定になったカレンは、その原因であるクオンからの承認をただただ求めていた。
「カ、カレン……」
寮内のエレベーターホールで、縋るような目つきをするカイルと出くわす。
カイルを見たカレンの精神はさらに不安定になる。
子供の頃から一緒だったという記憶がある。好きだったという感情も覚えている。
だが、クオンからの承認を求めるカレンは、そんな思いを振り払って、カイルを突き放した。
「なによ、あんた。馴れ馴れしく話しかけないでくれるかしら? 私はあんたが嫌――」
「おい」
ドスの効いたクオンの声がホール内に響く。
カレンはクオンがなぜ怒っているのかがわからなかったが、慌てて弁明しようとする。
「ち、違うの。私は、その……」
クオンはそんなカレンを冷たい目で一瞥した後、カイルの元へ駆け寄った。
「大丈夫か?」
「え……? あ、ああ……」
「意味がわからないし、怖いよな。お前の気持ちはわかるよ。でも、大丈夫だ。絶対に俺が、こんな馬鹿げた事を終わらせてやる」
クオンはカイルを恨んでいなかった。
カイルも被害者だという思いがあり、自分も苦しんだ境遇の中にいるカイルを心配していた。
今まで敵対していた相手に優しく言葉をかけられ、カイルは目に見えて動揺する。
「わかるはずがないだろ!」
カイルは悪態をつき逃げるように去っていく。
それを見ていたクオンは辛そうな顔をしていた。
「何の用だったのよ、あいつ……おかしくなったの――」
「黙れ。カイルをこれ以上悪く言うな」
クオンの態度は冷たい。
その怒りは彼らに向けられたものだが、カレンは自分に向けられていると感じてしまった。
「う、うん……」
カレンはか細い声で呟く。
「私、頑張るから……何でもするから……見捨てないで……」
弱々しいカレンの言葉を聞いたクオンは目を丸くした。
「悪い、言い過ぎだったな……」
冷たくあしらってきたはずのクオンが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
自分だけを見つめるその瞳は、クオンの承認を求めるカレンにとって、何よりのご褒美だった。
「はぁ……はぁ……」
「……カレン?」
「んっ……大丈夫」
頬が紅潮し、荒い息遣いをするカレンを、クオンは心配そうに見つめ続けた。
「あふっ」
カレンは熱を帯びた声を上げ、へなへなと座り込む。
「おい、本当に大丈夫なのか!? 熱でもあるんじゃ……」
「だ、大丈夫だから。ちょっと力が抜けただけ」
カレンは身体の疼きに戸惑いながらも、何でもないと手を振った。
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