決意

 しばらく走った後、建物の影に隠れた俺達は、荒い息遣いを整えていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が整っていくと同時に、頭の中にあったモヤのようなものが晴れていく。

 ペースなど考えず、なりふり構わず走ったせいで、考える余裕がなかったのだ。

 

「くそ……」

 

 少し余裕ができ、頭が回るようになってくると、押し殺していた恐怖が蘇ってくる。

 

「なんなんだよ、あいつらは!!」

 

 俺は恐怖を振り払うように叫んだ。

 アカネの肩がビクッと震えたのがわかったが、それでも俺は叫び続ける。

 

「カレンの態度は真逆になってるし、特に騎士団の奴らは――」

「師匠! 落ち着くでござる!」

「これが落ち着いてられるかよ! あいつらはレイナの寿――」

 

 パチン、と乾いた音が響く。

 叩かれた俺ではなく、叩いたアカネが目に涙を浮かべていた。


 そんなアカネを見た事で、子供のように喚き散らしていた俺も、急速に冷静になっていく。

 

「兄さん……」


 レイナはまるで助けを求めるかのように俺を呼んだ。

 

 俺なんかより、レイナはもっと不安なはずだ。

 レイナはあの不気味な二人が「報酬はレイナ・ブラックヒルの寿命」と言ったのを聞いていたのだから。


 俺が取り乱している場合じゃない。

 無様な姿を晒す俺を一喝してくれたアカネに感謝するべきだな。


「悪い……ありがとうな、アカネ」


 アカネはニコッと微笑んだ。

 だが、その笑みには少し影があり、アカネも無理していることが見て取れる。


「クオン、クオン」


 座り込む俺に近づいてきたルナが、額をピトッとくっつけてきた。


「ルナ?」

「大丈夫? 表情が固い」


 気を強く保とうとして顔が強張っていたのかもしれない。

 

「……大丈夫じゃないかも」


 俺はルナにだけ聞こえるようにぼそっと呟いた。


 ルナは確かにルナのままだ。

 ジョブに引っ張られ子供っぽくなっても、俺が不安な時はこうして寄り添ってくれる優しい女の子だ。


 本質は変わっていない。だがそれでも、カレンを見た後では不安になってしまう。


「ルナはルナのままだよな?」


 ルナは困った表情になった。

 俺が何を言いたいのかがわからないのだろう。


「よしよし」


 ルナはただ優しく、俺の頭を撫でた。


「兄さん、大丈夫ですよ」


 自分も不安だろうに、レイナは俺の頭をぎゅっと抱きしめてそう言った。

 

(何やってるんだよ、俺は……)

 

 アカネは恐怖を感じながらも、レイナを傷つけまいと動いた。

 レイナは不安を感じながらも、俺を慰めようとしてくれる。

 それにルナは、ジョブに思考が引っ張られようとも、変わる事なく寄り添ってくれる。


(俺がしっかりしないとな)


 情けないのは俺だけだ。

 このままで良いはずがない。

 

「よしっ」

 

 俺はそっと二人を遠ざけて立ち上がる。

 皆が皆、心配そうに俺を見つめていた。

 

「もう、大丈夫だ。皆、悪かっ――」

「あ、いたっ!!」


 駆け寄ってきたカレンを見て、皆の表情が強張る。


「もう、何で逃げるの――」

「おい」


 俺はカレンを壁に追いやり、鼻と鼻が当たりそうなほどの至近距離で睨みつける。


「なな、なによっ!」

「俺達に付き纏うな」

「……へ?」


 顔を真っ赤にしていたカレンは、俺の言葉が予想と違ったのか、きょとんとした表情になる。

 

「頼むから俺達の前から消えてくれ」

「……なんで?」


 弱々しい態度になったカレンを見て心が痛む。それでも俺は心を鬼にして言った。


「何でもだ、消えろ」

「ふんっ! もう、クオンなんて知らないから!」


 カレンはそう怒鳴った後、走り去っていく。

 その背中は寂しそうで罪悪感が込み上げてくるが、今のカレンと行動を共にするのは精神的に無理だ。


「皆、待っててくれ」


 俺はその場を離れて、騎士団の二人組を探した。

 不安から逃げるのではなく、不安に立ち向かう為だ。


「ああ、クオン君。探しましたよ」

「いきなり走るなんて――」


 俺は二人の肩をがしっと掴み、じっと睨みつけた。


「話がある。出てこい」


 俺がそう言うと、二人の目が虚になる。

 トラウマが呼び起こされそうになるが、俺は必死に恐怖を押し殺し、平静を装った。


「変化を受け入れろと言ったな?」

「そうだ」

「報酬が足りない」


 二人は顔を見合わせた。

 俺の言葉は予想外だったのかもしれない。

 

「言ってみろ」


 二人はじっと俺を見ている。


「お前たちはレイナの寿命が報酬だと言ったが、あれはどういう意味だ?」

「レイナ・ブラックヒルの役割は元々少ない」

「寿命は短くて良い。そのかわり、高い能力を持たせた」


 俺は淡々と話す二人を見て、恐怖と怒りに支配されそうになる。

 だが、ここで暴れても状況が悪化するだけだ。


「寿命を延ばすことが出来るって事だな?」

「これ以上、不具合がなければ」

「なら、レイナの寿命を延ばすのが一つ目の報酬……」

「一つ目?」


 二人の表情が険しくなる。

 あまり欲張るなという意思表示だろう。


 それでも俺は勢いに任せて言い放つ。

 不安をそのまま放置しておくのは、カレンを見た後では無理だ。


「二つ目の報酬は、記憶や感情をいじって誘導するのを止めることだ! それをやめないって言うなら、俺は変化とやらを受け入れない!」


 二人はすぐさま首を横に振る。


「それは無理だな」

「予定通り進められなくなる」


 二人の返答は予想通りだった。


「お前達の目的は予定通りに物語を進める事……そうだよな?」


 頷いた二人を見て、俺は畳み掛けるように言う。


「俺が予定通りに物語を進めてやるよ。俺はこの物語の過程も結末も知り尽くしている。記憶や感情をいじるなんて気味が悪い事をしなくても、やってやれるさ」


 強気な態度でそう言い切った俺だが、代わりの人間まですぐに作ってしまう相手が、俺に有用性を見出すのか不安だった。


 それでも俺は太々しい態度で二人を睨む。

 そんな俺を見た二人は、再び顔を見合わせた。

 

「どうする?」

「好都合ではある」

「予定より力を使っているからか?」

「そうだ」


 二人にも事情があるのか、思っていたよりも感触が良い。


「その願いを叶えよう」

「お前が我々の意を汲み続ける限りは」


 虚な目が元に戻る。

 交渉は成立したという事だろう。


「騎士団長に合わせてくれ、すぐに行こう」

「……へ? は、はい」


 奴らが言う変化とは、俺にカイルの役割を果たせという事だろう。

 成長の為に時間と実戦が必要な俺には好都合だ。

 自由に迷宮に潜れれば、今まで以上に効率良く強くなることもできる。


(奴らの予想より早く3rdジョブを手に入れて――)


 味方のフリをして近づき殺してやる。

 あんな不気味な存在に従うのは癪だが、その時までは奴らの掌で踊ってやろう。

 

 

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