買収
カイルにとってクオンは、切磋琢磨する良きライバルではなく、絶対に負けられない敵だった。
己以外の全てを見下す傲慢不遜な男。
それがカイルがクオンに抱くイメージで、そんな人間と良好な関係を築けるはずがない。
人間性は最悪。だが、実力は本物。
そんなクオンを打ち倒す為にカイルは努力を怠らなかった。
しかし、想像より早くクオンに勝ってしまったことで心境に変化が生まれた。
目標を達成してしまったカイルは、剣に打ち込む時間が自然に減っていく。
そのうえ、周囲からの慣れない称賛は、カイルを増長させてしまうのに十分な環境だった。
(ルナがクオンと恋人だなんて嘘だ! だって、ルナは……)
自分を見て顔を赤らめるルナを思い出し、唇を噛み締める。
カイルはルナが自分の事が好きだと信じて疑わない。その結果、悪人であるはずのクオンと自分の事が好きなはずのルナの関係を真っ直ぐ見ることができなった。
ルナはクオンに弱みを握られている。
そう決めつけたカイルは、ルナにきっぱりと否定され、二人の仲睦まじい姿を見ても、考えを変えることはなかった。
(僕が助けないと、ルナは……)
クオンの魔の手がルナに迫ることを想像したカイルは、ぶんぶんと首を振って想像を振り払う。
今すぐにでも助けたい。
だが、救いの手を伸ばしても、ルナから手を伸ばしてくることはない。
(なんとかしないと……)
カイルはすぐにでも行動に移したい気持ちをぐっと抑えて証拠を集めることに決める。
「アカネ、ちょっといいかな?」
「なんでござるか?」
カイルは隠密行動に定評のある忍者っこ「アカネ」にクオンの監視を依頼した。
☆
恋人だとクラスで宣言してからのルナは、いつも以上にべったりくっついて来るようになった。
スマホでカイルの写真を見ながらというのが玉に瑕ではあるものの、俺にこれ以上甘い時間を過ごした経験はない。
正直に言えば嬉しい。ニヤつく顔を抑えるのが大変だったほどだ。
だが、このままでは心臓が保たないと思った俺は、放課後は用事があると言って逃げるようにルナから離れた。
「うーん……見られてるな」
部屋へ帰る道中、クオンの身体だからこそ気付いた視線。
俺はその視線の主に心当たりがあった。
「アカネだな……」
姿を見せずに俺を監視できる奴なんて一人しかいない。
ヒロインの一人である忍者っこの「アカネ」だ。
クラスの何でも屋にして貧乏で天然な忍者っこ……。
カイルハーレムの一員になるのは迷宮探索の後だが、依頼自体は今でも可能なはずだ。
おそらくカイルに依頼されて、俺とルナの関係性でも探っているのだろう。
「はぁ……」
対処しようにも距離が離れすぎていて、俺が動きを見せれば逃げられる事が目に見えている。
俺は諦めて部屋に帰り、ベッドに寝転がった。
「んんー、気になる……」
部屋に戻ってからも視線を感じる。
俺は紙とペンを用意してベランダに出る。
そしてアカネへのメッセージを書いて紙を掲げた。
『c』
視力検査の記号だ。その横に俺の連絡先を書いた。
脅しのようなメッセージを書いても良いが、アカネならこの方法で対処可能だと思う。
予想通りスマホが鳴った。
『右でござる』と書いてある。
「天然っぷりはこの世界でも健在か」
アカネは優秀な隠密だ。その証拠に、視線は感じても姿までは確認できない。
だが、作中トップの天然っぷりがその能力の足を引っ張る。アカネは基本的に何も考えていなのだ。
確か金欠なのも、詐欺にあって作ってしまった借金の返済のためだったはずだ。
「これも見えるのかよ……」
記号を段々と小さくして、十度目のやり取り。
それでもアカネは正解し続けた。
頃合いだと感じた俺は、紙を掲げるのをやめてメールを送る。
『全て正解だ。報酬は後日払う』
『幾らほどでこざるか?!』
『五万』
『わーいでござる』
『じゃあ、俺は寝るから。今日はこの辺りで』
『おやすみでござる』
ベランダから部屋に戻る頃には視線を感じなくなった。
「我ながら完璧だな」
自然な流れで買収してやった。
まさかカイルも、頼んだその日に買収されたとは思いもしないだろう。
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