宣言

 ――翌日。

 それは、すでに着席している俺にルナが駆け寄って来ていた時に起きた。

 

「ルナ……」

 

 道を遮りルナの前に立ったカイルが、心配そうに声を掛ける。

 

「カ、カイル……」

 

 ルナは顔を引き攣らせながらも、スマホを取り出して画面を覗き込んでいる。

 おそらく俺の写真を見ているのだろう。

 

「弱みを握られているから僕を頼ってくれ! ルナがクオンの言いなりになっているなんて僕は耐えられない……!」

 

 俺はカイルの言葉をぼーっと聞いていた。

 まだ言っているのかと、怒りよりも呆れが勝っていたからだ。

 ルナも同じ考えなのか、ぽかんと口を開いている。

 

「やっぱりルナはクオンに……」

「ルナちゃん可哀想……」

 

 一つ昨日と違うのは、周囲に俺たち三人以外がいる事だ。

 そのうえ、周囲を巻き込む事を狙ったのか、カイルの声は大きい。

 気付いた時には、俺は非難の視線に晒さらされていた。

 

「僕達はルナの味方だよ?」

 

 ルナに向けてにっこりと微笑んだカイルは、そのすぐ後に怨嗟の篭った目で俺を睨みつけてきた。

 

「こんなの、おかしい……」

 

 ルナはぷるぷると震えていた。

 決してカイルとは目を合わさずに、スマホを見ながら言い放つ。

 

「クオンが何したって言うの?! クズだクズだって皆言うけど、私にはわからない……」

 

 クラスメイト達の反応は様々だった。

 何かを言おうとして言葉に詰まる者、首を傾げている者……。

 

 具体的に俺が何か悪さをしているならそれを追求されただろうが、俺はクズだと評されるような事はしていない。

 俺の行動とクズという評判には因果関係がないのだ。

 クラスメイトもその違和感を感じ取ったのか、ざわついていたクラスは一気に静かになった。

 

「ルナ」

 

 沈黙を破ったのはカイル。

 クラスメイト達の視線が一斉に集まる。

 

「ルナは優しいね。孤立しているクオンを憐れんでるんだろ?」

「ち、ちが――」

「でも、クオンが孤立しているのは自業自得だ。ルナが庇う必要なんてない」

 

 クラスメイトの迷いはカイルの言葉によって無くなった。

 再び非難の視線が俺を襲う。

 少しは期待したが、皆の反応を見て、やはり俺は学園を去るべきだと悟った。

 俺がどんな行動を取ろうが非難の目は変わらない。こんな環境に耐えて生活するより、さっさと逃げるのが無難な選択だ。

 

「……違う」

 

 ルナは俯きながら呟いた。

 

「さぁ、行こう。もう、クオンなんかと――」

 

 カイルがそう言って、ルナの手を掴んだ時、俺は気付けば立ち上がっていた。


 ふつふつと込み上げてくる怒り。

 それが顔に出ているのか、クラスメイト達は俺から目を逸らして黙っている。

 

「離せ」

 

 カイルの手を掴みながら、自分でも驚くほどドスの効いた声で言った。

 

「黙れ! 僕はルナを――」

「離せっ!!」

 

 俺は握った手に限界まで力を込めた。

 流石に我慢できなくなったカイルは、掴んでいたルナの手を離して俺から距離を取る。

 

「クオン……!」

 

 一触即発の空気が俺たちの間を流れる。

 

「は、はわわ……」

 

 口に手を当てながら、あたふたしていたルナが、スマホの画面を覗き込んだ後に、少し顔を赤らめながらカイルに近づいた。

 

「これ、見て」

 

 ルナが見せたのは、俺とルナが写った写真だ。

 それを見て、カイルの顔に困惑の表情が浮かぶ。

 

「こ、これが、どうしたって言うんだい?」

「これは昨日のおうちデートの写真」

 

 ルナはスマホを仕舞って、すぅと息を吸った。

 そして――。

 

「クオンは私の彼氏。恋人だから、一緒にいるのをカイルにどうこう言われる筋合いは無い」

 

 高らかに宣言する。

 

「……え?」

 

 俺もカイルと同じように唖然とする。

 怒りは一気に霧散し、その影響なのか驚くほど冷静になった俺はルナの顔色を覗いた。

 

「ね……?」

 

 首を傾げながら同意を求めてきたルナの顔は少し不安そうだ。

 俺の為に、勇気を出して嘘をついてくれているに恥をかかせるわけにはいかない。

 

「そうだな。ルナは俺の恋人だ」

 

 俺はカイルに向かって出来るだけ堂々とそう言った。


 カイルは面白いぐらいに動揺し、俺とルナを交互に見ては、何か言おうとして言葉に詰まり、口をぱくぱくさせている。


「むふっ」


 ルナはニヤつきながら、それを隠すように俺の胸に頭を預けた。

 正直ドキドキしたが、俺の胸に額を当てて下を見ているルナがスマホでカイルの写真を見ているのに気付いてため息をついた。


 感情をコントロールする為に仕方ない事だとわかっている。だが、自分に甘えてきているというのに、他の男の写真を見ているというのはなんとも微妙な心境だ。


「クオン……ッ!」


 恨みがましく俺の名を呼んだカイルだが、その後は言葉を続けるわけでもなく、ふらふらとした足取りで自分の席に戻っていった。


 俺とルナに集まっていたクラスメイトの視線も、ふらふらしているカイルに集まった。


「ルナ、助かった。もう良いぞ」

「やだ」


 ルナは顔を上げてニッコリと微笑む。


「私達は恋人。クオンがそう言った。離れる理由がない」

「……は? いや、俺を助けるための嘘――」

「嘘じゃない」


 ルナの言葉に上手く返せなかった俺はとりあえず席に座った。

 ルナもいつものように隣に座ってくる。だが、その距離はいつもより近かった。

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