独占欲
クオンに見送られ部屋から出たルナは、ふわふわとした足取りで自室に戻った。
「んっ……」
着替えもせずにベッドにダイブする。
顔が布団に埋もれていて息苦しい。だが、そんなことはお構いなしに、じたばたと足をバタつかせた。
「クオンもドキドキしてた……?」
クオンの胸にもたれかかっていたルナには、クオンのバクバクと煩い心音がよく聞こえていた。
「ふぅ……」
ルナは枕に顔を埋め、深く深呼吸をする。
「はぁ……好き」
抑えきれない気持ちをぽつりと呟く。
「やっぱり……クオンのこと、好き」
ルナはもう一度そう口にすると、ゴロンと仰向けになって今日撮った写真を見る。
「んー……」
そこには動揺を隠せていないクオンの肩に頭を預ける顔を真っ赤にしたルナが写っていた。
不器用な二人の初心で甘酸っぱい写真だ。だというのに、それを見るルナの顔は暗い。
「やっぱりムカムカする……」
ルナはスマホを放り投げた。
そして目を瞑り、クオンとの時間を思い出す。
「私の為に悪者ぶるなんて……可愛い」
一日無視されたのには堪えていたようだが、今では良い思い出になっている。
泥を被ってでもルナを元の居場所に戻そうとしたクオンの行動は、ルナの思いを決定づけた。
「顔を見たらムカムカするのは辛い。だけど――」
思い出の中のクオンにはムカムカしない。
それが嬉しくて、ルナは一人の時間はクオンの事ばかり考えている。
「クオン、クオン、クオン……」
恋する乙女にとって、思い人を見ると湧いてくる本来とは真逆の感情は、障害でもあると同時に、愛を燃え上がらせる燃料でもあった。
「クオン……んっ」
ルナは火照った身体を自ら慰める。
快感に悶えながら思い浮かべるのは、クオンの姿と体温だった。
「クオンは私が助ける。でも――」
ルナはクオンが妙な呪いでもかけられているんじゃないかと疑っている。
そのせいで、本来は有りもしない感情で周りに疎まれていると考えれば、クオンの現状を説明できるからだ。
「もう少しこのままで良い。クオンは私だけのもの……」
助けてあげたいという思いより、孤立したクオンを独り占めにしたいという欲望が勝る。
ゲームのルナは独占欲が強いタイプのキャラではない。
だが、今の環境がルナに独占欲を芽生えさせた。
「もっと私の事だけを考えて欲しい」
ルナはクオンが自分以外と話す姿を見たくない。
クオンが誰かと仲良くなれば、その分だけクオンとの時間が削られてしまうのだから当然だ。
「クオン……んっ……あっ」
今のルナは、クオンが知っているような「無垢な少女」じゃない。
☆
ルナが俺の部屋に来た日から数日経った頃には、放課後にルナが俺の部屋に訪ねてくるのは日課になっていた。
「班の申請書出しといた」
ルナはいつものようにベッドに座り、開口一番にそう言う。
「おい、聞いてないぞ」
「言ってないもん」
「まぁ……良いか」
学園迷宮の探索はストーリーに直結する重要イベントではあるが、クオンやルナの出番はない。
主人公カイルが敵の存在に邂逅するのと、ヒロインの一人である「アカネ」がカイルに惚れるイベントだ。
あまりストーリーに変化を持たせたくないので慎重に行動するべきだが、関係の無い俺とルナが班を組むぐらいなら許容の範囲だろう。
「ちょっとニヤけてる」
孤立している俺の班決めは難航すると思った。
だが、ルナのおかげですんなり決まったので、思わず笑みを浮かべてしまったらしい。
「可愛い……」
最近、ルナは事あるごとに可愛いと言ってくるようになった。
「ちっ」
恥ずかしくなった俺は顔を逸らす。
そんな俺を見て、ルナは少し身体を身悶えさせながら、ぼふっと膝に座ってきた。
「嬉しかった?」
「ふんっ……」
「やっぱりクオンは可愛い」
最近ルナのスキンシップが激しい。
初めてラッコ座りした時は初心な反応だったというのに、今ではここが定位置だと言わんばかりの態度だ。
「やっぱり、剥がそう」
俺は壁一面にこれでもかと貼られたカイルの写真を指差してそう言った。
カイルの写真だらけになった俺の部屋では、ルナはまるで恋人のような態度を取る。
頭を悩ませていた不可解な感情の対処法を見つけて嬉しいのかもしれないが、付き合わされる俺の心臓が保たない。今に潰れるぞ。
「駄目」
ルナはにっこりと笑ってそう言った。
「男の写真に囲まれて寝てる俺の気持ちを考えてくれよ」
初日はまだ暗い時にトイレに行こうと起きたせいで大変だった。
まるで、少女のような甲高い悲鳴が自分の喉から出たのを今でも覚えている。
俺の悲鳴に近い要望を、ルナは当然のようにスルーする。
ルナは俺の部屋にいる時はすこし強引なところがある。そんなルナに俺は振り回されっぱなしだった。
「これ見て」
ルナはいつもの恋愛ハウツー本ではなく、小難しそうな魔術の本を開く。
「カイルを見たらポカポカするのは、この「淫魔の媚薬」が怪しい」
「ああ、それは……」
ルナが指差した「淫魔の媚薬」はバフアイテムだ。
魔術書には、異性を虜にするだの、精力を強くするだの書いてあるが、本来の効果は「興奮」というバッドステータスと引き換えにステータスを一時的に上げるというもの。
「多分、違う」
ちなみに俺も持っている。
「興奮」のバッドステータスは有って無いようなものだし、その割に強力なバフが得られるからだ。
「じゃあ、何?」
俺が効果を説明してやると、ルナはしょんぼりと顔を伏せた。
「そんな事より、ダンジョンアタックの話をしようぜ。ルナは今、レベル幾らなんだ?」
レベル制のこの世界ではもちろんレベルは重要だ。
今の時期ならルナはレベル20〜25の間だと予想はつくが、一応聞いた。
「15」
「……は?」
予想より低いルナのレベルを聞いてぽかんとしてしまう。
そんな俺を見て、ルナは首を傾げた。
「クオンは幾らなの?」
「確か……43だな」
俺はゲーム知識で効率の良い狩場を知っていた。それに、他にやることもなかったので、レベル上げばかりしていたのが俺のレベルを引き上げた。
「すごっ」
ルナは言葉少なに尊敬の眼差しを送ってくる。
気分をよくした俺は、声を弾ませて言う。
「レベル上げは効率と根気だからな……今度教えてやるよ。そこまで難しくない」
「うんっ!」
どう転ぶのかわからなくなってきたが、原作ではルナは世界を救うパーティメンバーの一人だ。
世界が滅んだら当然俺も困るので、影からレベル上げの手伝いくらいは協力するべきだろう。
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