迷宮探索

 ――探索当日。

 担当教官の話が終わり、いざ学園迷宮へ向かうというタイミングで、カイルとアカネの話が耳に入った。

 

「視力検査したでござる」

 

 アカネはそう言って俺を見た。

 報酬を払うと言ったせいなのか、俺を見るアカネはニコニコしている。

 

(アカネは俺を見ても嫌悪を抱かないのか……?)

 

 悪意に無頓着という設定が効いてるのか、それとも金銭欲が嫌悪に勝っているのか、どちらにせよ都合が良い事に変わりない。


 もし俺と関わっているせいでルナが孤立しても、アカネなら普通に対応してくれそうだ。

 

「……は?」

 

 楽しそうなアカネとは違い、カイルは顔を引き攣らせている。

 監視を依頼したのに、その相手と遊んでいたと聞かされたのだ、言いたいこともあるだろう。

 だが、そこは女に優しいカイル。ぐっと堪えていた。

 

「ご、ごめんでござる……」

 

 怒りを堪えているカイルに気付いたのか、アカネはしゅんとして謝っていた。

 カイルは何でも無いと言った素振りで手を振ったが、二人の間にはギクシャクした雰囲気が残っている。


 迷宮に入る前からぎくしゃくしていて大丈夫なのか? そう考えながら二人を眺めていると、腹を激痛が襲った。

 

「痛っ?!」

 

 ルナがぐりぐりと腹をつねってくる。

 何事かと顔を覗くと、頬っぺたを大きく膨らませて不満げにしていた。

 

「昨日の用事ってアカネと遊んでたんだ」

「ち、ちが――」

「ふーん」

 

 ルナは拗ねた様子でそっぽを向いた。


 迷宮へ向かう道中、ずっとルナのご機嫌を伺いながら歩いていたが、ツンツンしたままだ。


 今から実戦だというのに、クラスにはギクシャクしたペアが二組……先が思いやられる。

 

「学園迷宮にお前達に対処できないモンスターは出ないが、油断だけはしないように」

 

 教官のその言葉を最後に、クラスメイト達が続々と中へ入っていく。

 

「どうする?」

 

 実戦だという事もあって、ルナは気持ちを切り替えていた。

 

「そうだな……」

 

 問題はカイルとアカネのペアだ。

 未だにぎくしゃくした雰囲気を引きずっているのが見て分かる。


 あの二人には、同格以上との戦いが待ち受けているというのに、このままでは不安だ。

 

(ああ……くそっ!)

 

 何で俺が気を回さないといけないんだという思いもあるが、こんな所でカイルにつまづかれたら世界がどうなるか予想がつかない。

 

 それに、あのぎくしゃくは俺が原因でもある。

 俺は二人を指差してルナに言った。

 

「あいつらを追おう。なんか、嫌な予感がするんだ」

 

 ルナはすぐさま俺の腹をつねった。

 

「痛いっ?!」

「むぅ……!」

「何でそんなに怒ってるんだよ?!」

 

 俺がそう言うと、ルナはじとっとした目で睨んできた。

 

「クオンは私の恋人。私とだけ話してれば良い」

 

 ルナは冗談を言っているような雰囲気ではない。

 俺は乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。





 むすっとしたルナを引き連れて迷宮へ足を踏み入れた。

 

 迷宮の中は地下へと続く洞窟型だというのに驚くほど明るい。

 光源は迷宮の至る所にこびりついている光る苔だ。

 その淡い光は探索者達の視界を助けるだけでなく、幻想的な雰囲気を作り出すのに一役買っていた。


「綺麗だね……」


 ルナは迷宮の雰囲気にご満悦な様子だ。

 だが、カイル達を目で追っている俺に気づいてむすっとした表情になった。


「何見てるの?」

「ちょっと集中させてくれ。大事な事なんだ」

「むうう……」

 

 カイルとアカネはぎくしゃくしながらも、引き寄せられるように迷宮の最深部へと向かっている。

 ストーリーに変更は無さそうだと安心し、ふぅと息を吐いて振り返ると、ルナがジト目で睨みつけてきていた。


「……追っていい?」

「勝手にしたら?」


 完全に機嫌を損ねたルナと共にカイル達の後を追う。

 重い雰囲気に耐えられなくなった俺は、適当な話題を振った。

 

「ルナは1stジョブは何にするんだ?」

 

 この世界ではレベル20、40、60の時に自らの戦闘職を選ぶ事ができる。

 最大3つまで選ぶ事ができ、レベル60時の3rdジョブは、前の二回で選んだジョブに関連した上級職を選べる。

 

「まだ決めてない。クオンは?」

「俺は1stジョブが剣士で2ndジョブが魔法使いだな」

 

 3rdジョブで「魔法剣士」を取得するための布石でもある。

 魔法剣士は作中トップクラスのジョブだが、2ndジョブで1stジョブ並みの「剣士」か「魔法使い」を選ばないといけないのでレベル40〜60の間は少し苦労する事になる。

 現実になった世界、それも変更不可の重要な選択で、わざわざ苦難の道を選ぶ者はいない。

 手っ取り早く強くなる選択肢を選ぶのが普通だ。そのせいで、魔法剣士はほとんどいない。

 

「……何で? 1stジョブで剣士を選んだのなら、「大剣士」とか「双剣士」も選べたはず」

「うーん……」

 

 俺はどう答えようか迷った。

 この世界は前世でプレイしたゲームとそっくりな世界だなんて言っても、ルナは驚くだけで信じる事は難しいだろう。

 

「伝説級の3rdジョブ取得条件を知ってるからだよ」

 

 知識がなければ無難な選択には見えない1stジョブ、2ndジョブを選択しなければ至る事ができない3rdジョブは、その希少性と強さから伝説級と呼ばれている。

 

「すごっ……なんでそんな事知ってるの?」

「ああ……ブラックヒル家に伝わる秘伝の書に書いてある。後でルナにも教えてやるから、参考にすれば良い」

「ほんとっ?!」

 

 ルナはよほど嬉しかったのか、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。

 

「賢者も選べるの……?」

「賢者か……」

 

 賢者は作中最強のジョブだ。

 魔法剣士も強いが、賢者は更に強い。

 ならばなぜ、俺が賢者を選ばなかったかと言うと、ソロで賢者に至るのは不可能だと判断したからだ。

 

「賢者は1stジョブで「遊び人」を選ばないといけないからな……20〜60までの間、地獄を見る事になる」

 

 魔法剣士なら40〜60の間、少し苦しむ程度ですむが、賢者は20〜60の間に地獄を見る事になる。

 まず「遊び人」なんてジョブは本来選べない。20を越えて、一定期間ジョブを選ばず過ごしていると、ある日突然「遊び人」というジョブが現れるのだ。

 そして「遊び人」を選んでも何の効果もない。「剣士」なら剣技を覚えられるし、「魔法使い」なら魔法を覚えられるが、「遊び人」は新たに何か覚えられるものはない。


 遊び人も世間には知られていないジョブなので、軽くルナに説明した。


 わくわくした様子だったルナも、その説明を聞いて顔を引き攣らせている。


「遊び人……」

「低レベル帯からハンデを背負うようなものだ。たとえ知識があっても一人で賢者に至るのは無理だと考えたほうが良い」

 

 ルナは少し考えた後、目を潤ませて上目遣いで俺を見た。

 

「クオンが支えてくれるって信じてる」

「バレバレな演技はやめろ。目を擦ってたの見てたぞ」

「ちっ……」

「まぁ、賢者を目指すなら協力しても良いぞ。協力者がいれば、不可能じゃないしな」

「クオン……好きっ」

 

 ルナが太古の賢者の冒険譚が好きなのは知っている。

 孤立する俺を支えてくれるルナの誰にも言っていない夢だ。叶えてやるために、少しばかり苦労するのも悪くない。

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