アースドラゴン

 カイル達が敵に邂逅するのは五層からなる迷宮の第五層。

 最深部である第五層には、本来迷宮主と呼ばれるモンスターが、迷宮の核を守っている。


 だが、この学園迷宮の迷宮主はとうの昔に討伐済みだ。

 生徒が安全に迷宮を見学できるように核を壊さず迷宮を保存しているのだ。


 雑魚モンスターと違って、迷宮主は復活しない。最深部は迷宮主のみが現れるので、本来なら今は何もいない。


「二人は何で第五層に行こうとしてるの?」

 

 むすっとしていたルナも、二人の様子がおかしいと気付いたのか、尾行に協力的になっていた。

 

「さあな……」

 

 原作ではアカネが核を見たいと言ったのがきっかけだった。

 だが、ぎくしゃくしている二人にそのような会話はない。


 それなのに、吸い寄せられるように現場に向かっていくのは、俺やルナに植え付けられた感情に似た強制力が働いているのかもしれない。


「ルナ」


 カイル達がいよいよ第五層に足を踏み入れるという時、俺は保険のためにルナに声を掛けた。


「これ、持っておいてくれ」

「これは?」

「回復薬だな。状態異常の」


 大丈夫だとは思うが、カイル達が負けたら俺が戦うしかない。

 その場合は「淫魔の媚薬」を使うつもりだ。


「戦闘が終わったら使ってくれ。興奮のバッドステータスなんて放っておいても大丈夫だと思うが……一応な」

「わかったけど……戦うの?」


 ルナは第五層に敵が待ち受けている事を知らない。

 そんなルナからすれば、戦う準備をしている俺の行動は不可解だろう。


「強い気配を感じるんだ。案外、カイル達もその気配を追っているのかもな」


 ルナは表情を引き締めてこくりと頷いた。

 気配云々は嘘だが、嘘も方便という事で勘弁してもらおう。


 カイル達に少し遅れて第五層に入った。

 怪しげな黒服の男とカイルが何やら話している。


「あれ、誰?」

「……あいつには絶対関わるなよ。止めようとするな、今の俺たちじゃ絶対に敵わない」

「う、うん」


 黒服の男は敵勢力……【六師外道】の幹部だ。

 彼らは一神教であるこの世界の神に強い疑問を抱く集団でラスボスでもある邪神の復活を目論んでいる。

 ちなみにクオンを【六師外道】の一員に引き摺り込むのも黒服の男だ。


 カイルが怒号を上げ、それを見た黒服の男がケタケタと笑う。

 


「あ……逃げるよ?」

「放っておけ。それより今はアースドラゴンだ」


 そわそわするルナの手を握り、二人で戦況を見守る。

 

 アースドラゴンは巨大な体躯で迫力はあるが、飛行能力はないので、ドラゴンの中では対処が簡単な部類だ。

 だが、そのブレスには麻痺毒が含まれているため、回避が上手くいかないと厳しい相手でもある。

 

「はぁぁぁあああ!!」

 

 カイルは剣を振り上げ、雄叫びを上げながら真っ直ぐアースドラゴンに突っ込んでいった。

 

「は?」

 

 回避なんて頭に無さそうなその行動に俺は思わず首を傾げた。


 距離を詰めたのが良かったのか、アースドラゴンはブレスを吐かなかった。

 茶色い鱗に包まれた頑強な腕を振りカイルを襲う。

 カイルは何度か吹き飛ばされながらも、果敢に攻撃を繰り返している。

 

「あ、あいつ……なんで「剣技」を使わないんだ?」

 

 カイルの闘志には目を見張るものがある。

 だが、攻撃はがむしゃらに剣を振り回しているだけだった。

 

「レベル20になってないんじゃない?」

「はぁ?!」

 

 思わず大声を出してしまった俺を見て、ルナはびくっと肩を揺らした。

 

「最低でも25ぐらいはあるはずだろ……無難にストーリーを進めていれば――」

 

 言葉に詰まり、顔を引き攣らせる俺を見て、ルナは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「……大丈夫?」

「あ、ああ……」

 

 そうだ。無難にストーリーを進めていれば25くらいなのだ。

 だが、カイルは無難にストーリーを進めていない。俺が早々にストーリーから降りたからだ。

 

「あいつ……サボりやがったな」

 

 原作では序列戦でクオンに負けたカイルは血の滲むような修行を積むのだ。

 だが、この世界のカイルはクオンに勝ってしまった。当然、修行をする理由もない。

 

「え、どうしよ。俺が加勢すれば良いのか?」

「クオン! どうするの?! 二人が危ないよ?!」

「ちょっと待ってくれ! 考えてる」

 

 流石に動きが鈍くなってきたカイルは距離を取った。

 だが、それがカイルを更なる窮地に立たせる事になる。


「ぐるああぁぁああ!!」

 

 アースドラゴンのブレスがカイル達を襲う。

 直撃したカイルは当然倒れて動けなくなっている。

 余波を受けたアカネも同様だ。

 

「ああ……もう!」

 

 俺は「淫魔の媚薬」を一気に飲み干してルナに言う。

 

「行ってくる」

「う、うん。私も――」

「ルナは俺に回復薬を使うタイミングだけ見計っとけ。アースドラゴンは――」

 

 俺は剣を抜いて真っ直ぐアースドラゴンを見据えた。

 

「俺一人で十分だ」

 

 レベル43の俺なら、アースドラゴンの討伐はたとえソロであろうと難しくない。

 そのうえ、念の為「淫魔の媚薬」まで使っているのだ。ゲームの知識で言えば負けはあり得ない。


 新たに現れた敵に気付いたアースドラゴンは威嚇のためか雄叫びを上げている。

 巨大な体躯なだけあって中々の迫力だ。だが、俺はそんな事を気にする余裕はなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 身体が熱い。

 ドクドクと煩い心音は明らかに異常だ。

 そのうえ――。

 

「さ、さっさと倒してルナに回復薬を使って貰わないと」

 

 股間にテントが張られていた。

「興奮」のバッドステータスは、どうやら俺が思っていたより、性的なものだったらしい。

 

「ぐるぁぁああああ!!」

「うるせえ!!」

 

 迫りくるアースドラゴンの腕を剣で弾く。

 予想外の事だったのか、アースドラゴンはバランスを崩した。俺はそれを見て距離を詰める。

 

「剣技【一閃】!!」

 

 スキルによる補正で強化された一撃は、アースドラゴンの首元を深く切り裂いた。

 アースドラゴンの巨体が倒れるのを確認して振り返ると、ルナがはしゃいだ様子で駆け寄ってきていた。

 

「すごい! すごいよ、クオン! あんなにおっきいモンスターを――」

「ルナ!」

 

 俺はルナの肩を掴み、湧き上がってくる衝動をなんとか抑えながら言う。

 

「は、早く、回復薬を」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃねえ!! 今にもルナを襲いそうなんだよ!!」

 

 ルナは目を見開いた。

 

「襲うってその……そういう事?」

「何でも良いだろ! 早く、回復薬を……それ一つしかないんだよ!」

 

 状態異常の回復薬はそれなりに貴重で一つしか用意出来なかった。だからこそ、戦闘で瓶が割れて使い物にならないという事態を防ぐ為にルナに渡したのだ。

 

「ちゃんと言ってくれなきゃ使わない」

 

 ルナは回復薬の小瓶を手に持って、ふりふりと揺らしながらそう言った。

 

「ああ!! お前とヤリたくてヤリたくて頭がおかしくなりそうなんだよ!! さっさと使ってくれ! もう……保たない」

 

 俺が正直にそう言うと、ルナは顔を真っ赤にして小瓶を見た。

 

「きゃっ」

 

 ルナはわざとらしく悲鳴をあげて、尻餅をついた。

 

「ク、クオンが悪いんだよ? 大声出すからびっくりして転けちゃった」

「はぁ……はぁ……」

「小瓶、壊れちゃったね? きゃっ」

 

 俺は引き寄せられるようにルナに覆い被さる。

 

「優しくして……ね?」

「無理だろ」

 

 その日、俺はルナと一線を超えた。

 

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