代わり
一連の騒動が終結した数日後。
俺は寮のベッドの上でルナに――噛まれていた。
「むふっ」
俺の肩についた自分の歯形を見てルナは妖艶に笑う。
初めはキスマークで満足していたルナだが、ルナの豹変に戸惑い、全てを苦笑いで受け入れているうちに、噛み癖が定着してしまった。
「ルナ」
「なーに?」
俺が名前を呼ぶと、ルナは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
部屋には既にカイルの写真はない。
そんな物、今のルナには必要なくなったからだ。
「そろそろ支度しないとな……シャワー浴びたい」
「ええー」
誘われるがまま本能に従った結果、生まれた変化は二つある。
一つは、ルナが抱いていた俺やカイルへの不可解な感情が綺麗さっぱり無くなったこと。
従順で一途なヒロインという、本来あるべき設定からかけ離れたルナは、俺の時と同様にカイルを中心とするストーリーの登場人物としての資格を失ったのだろう。
思い返せば、日に日にルナに付き纏う不可解な感情は薄くなってきていた。
初めは嫌いだ嫌いだと言い、警戒しながら接していたというのに、段々と距離が近づき、好意を隠さなくなってきていた。
そして、最終的にはあの様である。
もちろん狙ってのことでは無いが、誘われるがまま致したあの行為が、呪縛から解放される最後の一手になったのだと思う。
「わぁ……もうこんな時間」
時計を見たルナは目を丸くしていた。
俺は起き上がり、床に脱ぎ散らされた服を拾う。
「じゃあ、俺はシャワー浴びてく――」
「私も行く」
「さ、先に入るか?」
「一緒に入る」
「お、おう……」
もう一つの変化がこれだ。
設定という檻から解き放たれたルナは、積極的な行動で俺を戸惑わせ、妖艶な笑みで俺を狂わせる。
歯形をつけて周囲に見せつける、少し重たい愛情表現をするようになった少女に、俺は振り回されっぱなしだった。
「クオン、クオン」
「なんだ?」
シャワーを浴びた後、着替えている最中にルナが俺を呼んだ。
「カイルに手柄を取られたのは良かったの? あのおっきいドラゴンを倒したのが本当はクオンだってわかったら、みんなの態度も変わると思うけど……」
「ああ……あれな……」
結果から言えばアースドラゴンを倒したのはカイルという事になっている。
俺の剣技はアースドラゴンに致命傷を与えた。
だが、瀕死の状態ではあるものの、まだ命はあったらしい。
頭がピンク色になっていた俺達はそれに気づかずその場を離れた。
そして意識を取り戻したカイルが瀕死のアースドラゴンに止めを刺すに至り、気付けば全てがカイルの手柄となっていたのだ。
「まぁ、良いんじゃないか。カイルの話も全てが嘘ってわけじゃないし、俺の後始末をしてくれたのには感謝しないといけないしな」
カイルの口から語られる、捏造されたアースドラゴンとの死闘の話が耳に入る度に笑いを堪えるのに苦労しているが、わざわざ訂正しても雰囲気を悪くするだけだ。
「ふぅん」
ルナはニヤッと笑った。
その笑みは可憐なものでも妖艶なものでもなく、少し影のある笑みだった。
「クオンがそれで良いなら今のままが一番良い」
意味が理解できずに首を傾げていると、ルナは俺の耳元に顔を近づけて囁いた。
「クオンが格好良いのは私だけが知っていれば良い。クオンは私だけのものだから」
妖艶に笑うルナを見て、ゾクッとした感覚が背筋を走った。
☆
教室に入ると、そこには既に人だかりができていた。
中心にいるのは当然カイル。
皆が皆、アースドラゴンとの死闘の話に目を輝かせている。
今やその光景は日常の一部になっていた。
「今日もやってるね」
「飽きないもんだな」
少し呆れはするものの、カイルが注目を集めているおかげで、相対的に俺への関心は薄くなり、穏やかな日々を過ごせていた。
「ん……? あの子は――」
カイルのすぐ側にいる少女に俺は見覚えがなかった。
だが、とてもモブとは思えない距離感だ。時折、目を合わせては顔を赤くしている姿はヒロインだと言われても違和感がない。
「誰だ、あいつ……」
「師匠! 困った時はアカネに依頼でござるぞ!」
「ひやっ!?」
突然机の下からニョキっと現れたアカネに驚いて甲高い悲鳴を上げてしまった。
「心臓に悪いからその現れ方はやめてくれ……というか、師匠――痛い?!」
ルナは無言で腹の肉をつねってきた。
私以外の女と仲良くするなという、無言の圧力を感じる。
だが、アカネはそんな様子に気付くことなく、謎の少女について話出した。
「あの子は「ルリ」でござる。分校から先日転校してきて――」
俺は痛みも忘れてアカネの話に聞き入った。
小柄で少し控えめな一途な少女……。
聞けば聞くほど、ゲームの中のルナに似ている。
「代わり……ってことか?」
カイルの側にルナがいなくなればストーリーが大幅に変わるのは間違いない。
このおかしな世界は、それを防ぐために代わりになる人物を配置するという、無茶をしたという事なのかもしれない。
だが、そんな無茶が可能なのだと仮定すると、一つ大きな疑問ができてしまう。
「俺の代わりもいるのか……?」
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