スパンキング野郎

 学園迷宮に潜った俺達は、まずは第一層でレベリングを始めた。

 

 学園迷宮は以前と同じく、全五層からなる迷宮で、上層に登るにつれて難易度が高くなる。

 効率を求めるなら第一層はスルーして上層に行くべきだ。


 だが、しばらくは使い物にならないルナは仕方ないにしても、カレンが1stジョブを取れば戦力になる。

 それに、無茶は回復役が出来てからの方が無難なので、カレンが1stジョブを取得するまでは安全策を取ることにした。

 

「よしっ、行ったぞ」

「はぁっ!」

 

 俺がダメージを与えたホーンラビットをカレンの方へ誘導すると、カレンは少しぎこちないながらも、剣を振り下ろしてトドメを刺した。

 

(そりゃあ、火力の高いジョブに偏るよな……)


 支援系のジョブに就く者は極端に少ない。

 その理由が、カレンを見ているとよくわかった。

 

 原作と同じく、パーティメンバーに経験値が等分に分けられるなら、支援系のジョブでも問題ない。

 だが、現実では支援系のジョブがあまりにも不利すぎるのだ。

 

 原作と違い、パーティという概念がなく、経験値は倒した者の総取りだ。

 戦闘系ジョブの補正があるレイナやアカネと比べると、カレンの戦闘はどうしたってぎこちない。

 よほど協力的な仲間がいない限り、早々に戦闘系のジョブの者とレベル差が開くだろう。


「カレン……」

 

 元々20間近だったこともあり、カレンはすぐに1stジョブを選べるようになった。

 汚れを払いながら息を整えるカレンを見て俺は考えを変える。

 

「治癒士よね。任せ――」

「いや、自分で決めて良い。好きなジョブにするんだ」

 

 この世界ではジョブの選択は、一生を左右する選択と言っても過言ではない。

 そんな中、明確な不利が存在するジョブを選ばせるのは、いくら必要だと言っても抵抗があった。

 

「……なんで?」

 

 カレンは目を伏せて、肩をプルプルと震わせた。

 

「何か勘違いしてないか……」

 

 俺は支援系ジョブに付き纏う不利について丁寧に話した。

 

「だから、自分で決めてくれ」

「そっか、クオンは私のことを考えてくれてたんだね。……優しい」

 

 カレンは熱っぽい視線を俺に向ける。

 俺はこの視線が苦手だ。この視線を向けられるべきはカイルだという考えがちらつき、罪悪感に苛まれてしまう。

 

「治癒士になる。回復魔法を覚えて、したい事もあるし」

「そうか。治癒院でも開くのか?」

「……秘密」


 カレンの周辺がパッと光り輝く。

 1stジョブを取得したようだ。

 

「助かるよ。サポートはするから心配しないでくれ」

「うんっ」

 

 俺達のやりとりをじっと見ていたレイナが、頬を膨らませて近づいてくる。

 

「兄さん、私も治癒士になりますか?」

「……なんで?」

「なんでもですっ」

 

 レイナが2ndジョブで治癒士を選ぶ事は可能だ。

 だが、おそらくレイナは、クオンと似たスペックの持ち主だ。火力に特化するのが無難だろう。

 

「いや、大丈夫だよ。カレンがいれば回復役は足りる」

「ふふっ」

 

 カレンは得意気な顔をしてレイナを見た。

 そんなカレンをレイナはキッと睨む。

 

「調子に乗らないでください! 兄さんの敵だったくせに……」

「い、いつの話よ!」

 

 言い返したカレンだが、その言葉に勢いは無い。

 カレン自身、今の状況に少し引っかかるところがあるのかもしれない。


 カレンは首を横に振った。

 そして、レイナを睨み返す。

 

「私の方がクオンの役に立ってるからって嫉妬しないでくれるかしら? あんたはクオンの何なのよ?」

「妹ですっ!」

「……へ?」

 

 カレンはクオンの為に何が出来るのかとでも言いたかったのだろう。

 だが、レイナは鼻息荒く、事実をまっすぐ答えた。


「ち、違う……そうじゃなくて……」

 

 勢いを削がれたカレンは後ずさる。

 

「おーい、そろそろ次のモンスターを誘導するでござるよー」


 アカネは呆れた様子でそう言った。


「兄さん!」

「は、はい!?」

「見ていてください!」


 レイナは気合いの入った顔をしてモンスターに突進していった。

 

「あいつ……トドメはカレンとルナに譲る約束忘れてないだろうな……」


 案の定、レイナは約束を忘れて無双していた。

 時折こちらをちらちらと見てくるレイナは、誘導担当のアカネの顔が引き攣っている事に気付いていない。

 

「ね、ねぇ、クオン」


 レイナ無双を呆然と眺めていると、もじもじとした態度のカレンが俺の袖を引っ張った。


「……私のお尻、叩きたい?」

「は?」

「そ、そういうのが好きって言ってたから……」

 

 アカネとの会話を聞かれていたのはわかっていた。

 だが、アカネの勘違いを鵜呑みにして、俺をスパンキング野郎にするのはやめて欲しい。


「いや、お前――」

「いっぱい叩いて、お尻が真っ赤になっても大丈夫だよ? 私、治癒士だもん。直ぐに治せるもん」


 まさか、治癒士になって、やりたい事ってこれか?

 時を戻せるなら、無理矢理にでも選び直させたい。

 

 カレンは熱った身体を預けてくる。

 息遣いは荒く、興奮しているのが見てとれた。


「私の方がアカネより――」

「おい、離れろ」


 動揺した俺は思わずカレンを突き飛ばした。

 

「きゃっ」


 転んだカレンは、捨てられた子犬のような目をして俺を見上げる。

 その視線は容姿とのギャップも相まって、庇護欲に駆られるものだった。

 

「わ、悪い……立てるか?」

「うん……」

 

 立ち上がって埃を払ったカレンは、しゅんとしたまま黙り込む。

 

「……何をしているでござるか? 真面目にやれでござる。レイナ殿はレイナ殿で、カレン殿が倒す手筈だったモンスターを葬り去るし」

 

 駆け寄ってきたアカネの態度は冷ややかだ。

 分校で出会した敵を実際に見ているアカネはレベリングに一番協力的だ。

 そんなアカネが、真面目には見えない俺達の態度に不満を覚えても無理はない。

 

「すまん……ほら、カレンも――」


 一言謝らせようと振り返ると――。

 

「私だって……」


 カレンは謝るどころか、じっとアカネを睨みつけていた。

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