お願い

 俺は食事や睡眠の為に部屋に戻る以外は、全ての時間をレベリングに使おうとした。

 だが、しばらくして自分の見通しの甘さを知る。


 これがゲーム内のレベリングなら俺の考えは最適解だった。

 だが、レベリングしているのは生身の人間だ。詰め込み過ぎれば必ず綻びが生まれてくる。

 

 疲れや、ストレス――。

 特にストレスが顕著だった。


「クオン殿……では失礼して」

「お、おう……」

 

 アカネは汗臭い俺を堪能する事で、ストレスを発散していた。

 脇や足裏……時には股間と、臭う場所を重点的に責めてくるアカネは、何処からどう見ても変態だった。

 普段なら流石に抵抗した。だが、無茶をさせていると負い目を感じている俺は、黙ってそれを受け入れていた。

 

「兄さん……ちゅぱ」

 

 レイナはストレスが溜まると、赤ん坊のように甘えてくる。

 俺の指をちゅぱちゅぱとしゃぶる音は卑猥で、頭がどうにかなりそうなほどの羞恥心に襲われた。

 それでも俺はレイナの好きにさせる。

 レイナがストレスを溜め込むより、俺が羞恥に悶える方がまだマシだ。

 

「クオン、クオン」

「ああ、わかってるよ」

「今日は猫の日」

「もちろんだ。だからそんなに引っ張るなって」

 

 ルナは遊び回る事でストレスを発散していた。

 迷宮に潜っている時は、顔に絶望を貼り付け、疲れ果てた雰囲気を醸し出しているというのに、いざ迷宮から引き上げると急に元気になる。

 そして、俺を連れ回して遊び、朝、迷宮に潜る頃には、この世の終わりかとでも言いたげな表情をしていた。

 

 個性的なストレス発散に戸惑いながらも、自ら適度にストレスを発散出来る三人の事は安心して見ていられる。

 

 だが、問題はカレンだ。

 カレンは真面目すぎるところがあり、ストレスとの向き合い方が下手なタイプだった。

 

「カレン……大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「わ、悪くないもん。失礼ねっ」

 

 カレンが相当ストレスを溜め込んでいるのは顔色や態度を見ればわかった。

 だが、カレンは素直に辛いと認めない。

 

「休んでも良いんだぞ? 気晴らしに遊びに行くなら金も渡すし……」

「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」

 

 出来るだけ気にかけてきたつもりだ。

 だが、それはカレンにとっては逆効果で、俺が心配すると、その心配を振り払いたいのか、余計に頑張ってしまう。

 

「どうしたもんかな……」


 人間は複雑だ。

 最効率が最短では無い事なんて多々ある。


 俺はレベリングという、単純で地味な作業を、簡単に考えていた過去の自分を呪った。







 翌日、破綻は予想よりも早く訪れた。

 

「うっ……」

 

 迷宮に潜る為の準備をしていた最中、カレンの顔色が悪いことに気付いた。

 頭に手を当てると、じんわりと熱い。

 おそらく、疲れが原因の発熱だろう。


 カレンはそれでも準備を続けようとしたが、半ば無理矢理ベッドに寝かせると、観念した様子で布団に潜った。

 

「今日は休みだな」

 

 心配そうにカレンの顔を覗き込んでいたルナが、俺の言葉を聞いて、ピクッと反応する。

 遊びに行きたくてうずうずしているのだろう。

 だが、目の前に体調を崩しているカレンがいるせいか、ルナはじっと我慢していた。

 

「遊んできて良いぞ。カレンは俺が見ておくから」

「ほんとっ?!」

「ああ」

「クオン、大好きっ」

 

 ルナは俺に抱きついてそう言った後、レイナの手を取る。

 

 ジョブの影響で子供っぽくなっているルナは、同じく子供っぽいレイナと気が合うのか、まるで本当の姉妹のように仲良くしていた。


「いこっ?」


 レイナはちらっと俺の顔を覗いてきた。

 俺が頷くと、レイナとルナは仲良く手を繋いで部屋を後にした。

 

「悪い、アカネ……二人を見てやってくれないか? あいつら、危なっかしくて」


 ニヤッと笑ったアカネが、俺の耳元で囁く。

 

「今日の夜、クオン殿はアカネの言いなりでござる。それで手を打つでござるよ?」

「あ、ああ……それで良い」

 

 アカネは満足気に頷いた後、二人を追いかけて部屋を出る。

 

「クオン、ごめんね……また、明日から頑張るから……」

 

 カレンは今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「そんな顔しないでくれよ。無茶させた俺が悪いんだ。いつも頑張ってくれてたもんな」

 

 頑張りすぎるカレンを止めなかったのは俺だ。

 限界が近いと気づいていたのに、上手く対応してやれなかった。

 

「でも……アカネ達は平気そうだし」

「あいつらはストレスとの付き合い方が上手いからな……」

「……ストレス?」

「ああ、カレンは溜め込みすぎだな。少しは自分に素直になって、発散しないとな」

 

 カレンは何か思うところがあったのか黙り込んでしまった。


 しばらく静かな時間が流れて昼下がり。

 冷蔵庫にあったゼリーを持って部屋に入ると、それを見たカレンはもじもじとしながら言う。

 

「……食べさせてほしい」

「ん? ああ、良いぞ」

 

 カレンは雛鳥のように口を広げる。

 ゆっくりと口に運んでやると、カレンは俺をじっと見つめながら咀嚼していた。


 カレンはゆっくりだが食べきった。

 一先ず安心した俺は、ゴミを片付けようと立ち上がる。

 

「今日は安静に――」

「そばに居て?」

「お、おう……片付けるだけだよ。すぐ戻るから」

 

 ゴミを片付けて部屋に戻ると、カレンは俺の手をぎゅっと握って離さない。

 

「クオン……」


 カレンは頬を赤くしていた。

 

「どうした?」

「お願い……聞いてくれる?」

 

 俺が頷くと、カレンは目を背けながら言った。

 

「……お尻、叩いてほしい……」

「いや、お前――」

「す、少しで良いの。……ダメ?」

 

 俺は反射的に断ると口にしかけたが、すんでのところで考えを変える。

 カレンは俺がスパンキング好きだと勘違いしている。このままでは、今後もこういったやり取りが続くだろう。


 だが、痛いだけだと気付かせてやれば、自分からは言い出さなくなると思う。

 俺から言うこともないので、カレンを引かせてしまえさえすれば、この話は自然に無くなるはずだ。


「やってやるよ。ほら、尻を突き出せ」

 

 パンッ、と乾いた音が部屋に響く。

 布越しではあるが、それなりに力を入れたので痛かったはずだ。

 

「んっ……」

「……痛いだけだろ? もうやめ――」

 

 振り向いたカレンの表情は戸惑っていた。

 

「も、もう一回」

「い、いや――」

「ス、ストレス発散なの! そう、これはストレス発散だから……」


 俺はもう一度、カレンの尻を叩いた。

 先ほどよりも力を入れたせいで、カレンの身体が揺れる。

 

「んんっ……はぁ……ふぅ……」

「……カレン?」


 頬を真っ赤に染め、薄らと目に涙を浮かべたカレンは、荒い息遣いを整えながら言う。


「……次は直でして?」


 そう言ったカレンは、自らパンツを下ろした。

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