ツンデレ

 初めてのスパンキングから一月が経つ頃。

 カレンは体調を崩す事もなくなり、そして何より笑顔が増えた。


「ルナ、そんなに力を入れなくて良いのよ?」

「うーん……こう?」

「そうそう、そんな感じ」


 俺が火力の無い二人の為に用意した、使い捨ての魔剣の使い方をルナに教えているカレンの表情は柔らかい。

 何処かギクシャクとしていた雰囲気は、カレンが歩み寄る事で霧散していた。


 何故、尻を叩いただけで状況が好転したのかわからないし、わかりたくもない。

 ただ一つ言えることは、カレンの尻は今も赤いままだということだけだ。


「もう、どうにでもなれ……」


 ほぼ毎日叩いているせいで、俺のスナップを効かせた叩きは、日に日に上達していく。

 痛みを与えずに大きな音を立てられるまでになったが、カレンは照れ顔で「痛くして」と言う。

 そのうえ、すぐに回復出来るからと言っていたはずなのに、回復する素振りすら見せない。

 俺にはもう、何が何だかわからなかった。


「最近、調子が良いでござるね」

「ああ……」


 アカネは満足気に微笑んでいる。


 金で得た火力とカレンの回復。

 そのうえ、ギクシャクとした雰囲気が無くなった事でレベリングの効率は目に見えて上がった。


 迷宮に潜り出して一月が経った今、皆がレベル40に辿り着き、2ndジョブを何にするかと悩んでいる。


「兄さん、私は兄さんとお揃いですよね?」

「ああ、それが良いな」

「はいっ」


 レイナは俺と同じく、2ndジョブで魔法使いを選んで、魔法剣士を目指すのが無難だ。


「わかっていたとはいえ残念でござる……」

「まぁ、忍者は強ジョブだからなぁ」


 1stジョブで忍者を選んだ場合、2ndジョブはスキップする事になる。

 忍者は1stジョブの中では随一の性能を誇るが、別系統のジョブと組み合わせられないのが玉に瑕だ。


「私は……」


 カレンは俺をちらっと見る。

 俺が特殊な3rdジョブの取得条件を知っているとルナと話していたので、俺の意見を聞きたいのだろう。


「祈祷師だな。火力は死んだままになるけど、3rdジョブで聖女を選べるようになるし」


 金でゴリ押しするレベリングの有用性が証明された今、カレンの目指すところは聖女一択だ。


 回復とバフは勿論のこと、聖属性の攻撃手段を持つ聖女は、俺たちのような火力特化のパーティの痒い所に手が届く。


「聖女……」


 そう呟いたカレンは、ニヤつく表情を必死に隠している。


「ドM聖女か……」


 法衣に身を纏い、尻を突き出すカレンを想像した俺は、自然と自分の掌をまじまじと見ていた。



 



 

 2ndジョブを取得した翌日。

 疲れが溜まってくる頃合いだと考えた俺は、皆に今日は休みだと告げた。


 ルナやレイナは遊びに出るだろうと考えていたが、予想とは違い部屋で大人しくしている。


「今日は遊ばないのか?」

「疲れた。何もやる気が起きない」


 ルナは責めるような雰囲気を醸し出している。


「クオンは鬼」

「……悪かったよ」

「鬼クオンの扱きに私は耐えた。だから、クオンは私を甘やかさないといけない」


 謎理論を展開するルナを見て、アカネ達は苦笑している。だが、止めようとまではしなかった。

 少しは褒美があっても良いんじゃないかという考えは、三人の中で共通しているのかもしれない。


「わ、わかったよ。何をすれば良い?」


 ルナはニコッと笑みを浮かべた。


「まずはプリン。私は高級プリンを所望する」

「あ、私も食べたいです」

「アカネもでござるっ」


 ルナの言葉にレイナとアカネが賛同する。

 よく見れば、カレンも言葉にしないだけで、うんうんと頷いていた。


「食べに行くか?」

「嫌。動きたくないもん」


 ルナはベッドに寝転ぶ。

 一歩もここから動かないという強い意志を感じた。


「買ってきて」

「ああ、わかった」

「しっとり甘々な、超高級のプリンしか認めないから」

「お、おう……」


 俺は、しっとり甘々な超高級プリンとはいったいなんなのかと考えながら部屋を出た。

 

 答えに辿り着けぬままだらだらと歩いていると、以前よりは多少顔色がマシになったカイルと出くわす。


「よ、よぉ、クオン……」


 カイルは控えめに手を上げた。

 その態度はおどおどとしているように見える。孤立して少し臆病になっているのかもしれない。


「おう、元気か?」


 俺は出来るだけ自然に返事をする。


「あ、ああっ!」


 裏返るほど声を張り上げたカイルは、顔を逸らしてニヤつく表情を隠していた。


「少し話そうか」

「かまわないけど」

「しっとり甘々な超高級――」


 俺のどうでも良い世間話を聞くカイルは、楽しそうに相槌を打ってくる。

 次第に話すことが減っていき、言葉が少なくなってくると、カイルは重苦しい雰囲気を醸し出した。


「……恨んでないのか?」


 カイルは恐る恐るといった様子で聞いてきた。

 

「まさか」

「そ、そんなわけないだろ。だって、僕は――」


 俯くカイルの肩は震えていた。

 

「誰にも言わないと誓ってくれるか?」

「あ、ああ……」


 その様子を見て、俺は恨んでいないと証明する為、少しだけ情報を与えることに決める。


「カイルが俺に敵対していたのは、感情を操られていたせいだ」

「……へ?」

「自分自身の事だとわかりにくいよな。でも、今のカレンを見てみろよ。俺への態度とカイルへの態度が真逆になってる」


 ぽかんとしていたカイルの表情がだんだんと青ざめていく。

 言われるまでは気付かなかったが、思い当たる節もあるのだろう。


「俺がどうにかするよ。それで何もかも元通り――」

「……元通りじゃない」

「そりゃあ、カイルを取り巻く環境は元のものとは多少変わるだろうが、本来はそれが自然で――」

「違う!」


 叫ぶカイルを見て、自分に都合の良い環境に戻せと言われるのだと考え、げんなりしていた。

 だが、ただただ真っ直ぐなカイルの視線を見て考え直す。


「一人になって気にかけてくれたのはクオンだけだった。だから……元通りじゃなくて、友達に――」


 顔を真っ赤にしたカイルは、話の途中で立ち上がり、逃げるように去っていく。


「ツンデレ……」


 男のツンデレはいらない。

 俺はそう考えながらも、自然と笑みを浮かべていた。

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