困惑

 カイルとの関係性は随分と改善された。

 一人でいる事が多いカイルは、俺を見かけると嬉しそうに声を掛けてくるようになった。

 

 今のカイルなら協力出来ると考えた俺はパーティに誘った。だが、苦笑いするカイルにやんわりと断られてしまった。

 

(俺以外とは和解していないし、仕方ないか)


 俺は説得を諦めてレベリングのやり方を教えた。

 敵の戦力がどの程度なのか検討もつかない現状、戦力は増やせるだけ増やしておいた方が良いと考えたからだ。


 俺の話を聞くカイルの表情はやる気に満ち溢れていた。


 これなら期待できそうだと、戦力としてカイルを当てに出来る日が来る事を願いながら、俺自身もレベリングに勤しんだ。


 迷宮の難易度も上がり、ちらほらと強敵が出るようになった頃、順調だった俺達の前に大きな問題が立ち塞がる。

 

「レイナ?!」

 

 戦闘中にレイナが倒れた。

 モンスターと離れた場所だったので事なきを得たが、レイナは自らの力では立ち上がれないでいる。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 レイナは攻撃を受けたわけではない。

 突然倒れてしまったのだ。


 初めは何かに躓いたのかと思ったが、荒い息遣いで顔色も悪いレイナを見て考え直す。

 

「兄さん……」


 レイナは弱々しい手を広げた。

 俺はレイナを抱き抱える。その身体は荒い息遣いだというのに寧ろ冷たい。

 明らかな異常に不安を覚えた俺は、すぐさま引き上げる事に決める。

 

「引き上げるぞ。おい、みんな――」

 

 部屋に戻った俺達は、ベッドに横たわり、カレンの回復魔法を受けるレイナを見守った。

 カレンの腕は確かだ。だが、それでもレイナの体調が改善する事はなかった。


 翌日には病院にも連れて行った。

 医者に困った顔で原因不明だと言われ、沸々と怒りが込み上げてきた俺は、部屋で眠るレイナを見ながらアカネに言う。

 

「悪い、レイナを見ていてくれるか?」

「……アレに会いに行くのでござるか?」

「ああ」

 

 アカネは心配そうに俺の顔を覗く。

 

「アカネも――」

「アカネはレイナと一緒にいてやってくれ。カレンは事情を知らないし、今のルナはちょっとな……頼りには出来ない」


 今のルナを頼りにするのは酷だ。

 事情を理解し、適切な対応が出来るのはアカネだけだろう。


「アカネだけが頼りだ。頼む」

「……わかったでござる」

 

 俺は複雑な表情をするアカネに見送られて部屋を出た。

 騎士団の宿舎に着いてすぐに、二人組の片割れである「コール」を見つけた。


 コールは面識がある俺を見て近づいてきた。

 俺はそんなコールの手を掴み、人気の無いところへ連れて行く。

 

「話がある」

「え、ええ……どうしました?」

「お前じゃない。出てこい」

 

 コールはぽかんとした表情で黙り込んだ。

 だが、しばらくして雰囲気が変わる。

 

「なんだ?」

 

 俺は歯を食いしばり怒りを押さえつけながら言う。

 

「話が違うぞ……! レイナが原因不明の病に倒れた。それに、感情の操作も――」

「レイナ・ブラックヒルの寿命を延ばすのは報酬だと言ったはずだ。お前はまだ報酬を受け取るにたる成果を上げていない」


 確かに奴らはそう言っていた。

 勝手に先払いだと解釈したのは俺だ。


 既にレイナの寿命は延びていると決め付けていた俺は、全ての迷宮を解放する前に3rdジョブを手に入れ、奴らを葬り去ろうと計画していた。


 だが実際は、レイナの寿命はまだ握られたままだ。

 元より計画が破綻していたと知った俺は、動揺を隠すために声を張った。

 

「だ、だけど! こんなに早くガタがくるなんて――」


 高圧的な態度で詰め寄る俺に、コールは淡々とした態度で言う。

 

「だからこそ報酬になる。そう思わないか?」


 俺は思わず剣を抜きそうになった。

 だが、その前にコールが話し始める。

 

「感情の操作はやめている」

「……は? じゃあ、カレンのあの態度はなんなんだよ」

「知らぬ」

 

 淡々としていたコールの表情が少しだけ崩れた。

 困惑ともとれるその態度を見て、俺まで釣られて困惑してくる。


(カレンがドMなのは素ってことかよ……)


 打たれて感じるカレンの姿を思い出す。

 あれが素なのかと考えていると、肩の力が抜けてきた。


 力が抜けて少しは冷静な思考を取り戻した俺は、挽回する為の交渉に入る。

 

「報酬を先払いにしてくれないか。今のままじゃレイナは……」

「随分と虫が良い話だ。だが――先に寿命が尽きてしまっては、報酬が無くなるのも事実」

「じゃ、じゃあ――」

「但し条件がある。今攻略中の迷宮を解放するのだ」


 迷宮は五つある。

 全て解放すれば、邪神復活という最悪のシナリオ通りになるが、一つだけなら問題はないはずだ。


「解放した後、我々の根城にレイナ・ブラックヒルを連れて来ると良い。そうすれば、然るべき処置を施すと約束しよう」

「……わかった」


 俺は内心でほくそ笑んでいた。

 この都合の良すぎる条件に、疑いを持たぬまま――。


 

 

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