お仕置き

 話し合いを終えて部屋に戻った頃には既に日が沈んでいた。

 

 眠るレイナの顔は苦しそうだ。

 すぐそばで、アカネ達が心配そうにしている。

 

「明日もレイナを見ていてくれるか」

「それは良いでござるけど、師匠は……?」

「迷宮を解放してくる。先に言っておくが、俺とカレンで行く」

 

 アカネは何か言いたげな様子で口をぱくぱくさせた。

 

「心配するなよ。秘策があるから」

「……本当に大丈夫でござるか?」

 

 正直に言えば、ベストなメンバーで望みたい。

 だが、ルナとレイナが戦力外な今、ベストメンバーで挑むのは無理だ。


 それならばと、俺は以前も使った『淫魔の媚薬』というバフアイテムに頼る事に決めた。

 ただでさえ一番レベルが高い俺が、強力なバフアイテムを使うのだ。いくらアカネでも、連携を取るには戦力差がありすぎる。


「余裕だな。アカネは何も心配しないで良い」


 アカネには二人の面倒を見てもらい、カレンには淫魔の媚薬による状態異常を回復する為について来てもらう。


 カレンは良くも悪くも従順だ。

 事前に回復のタイミングだけ念押ししておけば、ルナの時のようにはならないだろう。

 

(また、淫魔の媚薬に頼る日が来るとはなぁ……)

 

 レベル60に至り、無事魔法剣士になった俺なら、今の迷宮主でも、淫魔の媚薬を使えば単独で勝てるはずだ。


「カレン、明日は頼むな?」

「う、うん……」

 

 カレンは緊張しているのか顔を強ばらせていた。


「大丈夫だ――」

「秘策って何?」

「え? あ、ああ……バフアイテムを使うんだよ。それの副作用で状態異常になるから、カレンに回復してほしいんだ」


 カレンは何故か頬を赤らめ、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。


「バフ……状態異常……」

「カレン?」

「ひゃ、ひゃい!」

「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ! 回復は私に任せなさいよね!」


 カレンの様子が少しおかしい。

 俺は首を傾げながらも、カレンの負担は少ないので大丈夫だと結論づけた。


 

 

 

 


 ――翌朝。

 カレンは準備をすると言い残して自分の部屋に一旦戻った。

 しばらく男子寮の前で待っていると、駆け寄ってくるカレンの姿が見えた。


(何でわざわざ着替えに行ったんだ……?)


 カレンの普段着は清楚な物が多い。

 だが今は、ショートパンツにシャツだけという、露出の多い服装をしていた。


「な、何よ! 動き易いほうが良いでしょ?!」

「……まぁ、そうだな」


 カレンの言い分は尤もだが、普段の格好も迷宮に潜る事に適した動き易い服装だ。


「カレンの仕事は戦闘後の回復だけだぞ? 多分、普段より動かないで良い」

「ね、念の為よ!」

 

 俺は首を傾げながらもそれ以上は何も言わなかった。


「よし、行くか」


 迷宮の前に着いた俺は、気合いを入れる為に頬を叩いた。


 雑魚敵の相手はほどほどにして、一気に迷宮を駆け抜ける。

 朝に潜って昼頃には、迷宮の深層である迷宮主が待つ第五層にまで辿り着いた。


「カレンは避難しておいてくれ。回復は手筈通りにな」

「え、ええ……」


 俺は淫魔の媚薬を一気に飲み干した。

 動悸が激しくなり、体温の上昇を感じる。

 一度は飲み込まれた性衝動だ。だが、覚悟していたせいか、以前よりは思考が晴れている。


「ブモォォォオオオオ!!!!」


 青黒い肌をした巨躯が雄叫びを上げて近づいてきた。


 学園迷宮二戦目の迷宮主はミノタウルスだ。

 普通のミノタウルスは、人間より少し大きい程度の身体だが、迷宮主はその倍はあろうかという巨躯。

 

 ミノタウルスは勢いをそのままに斧を振り下ろす。

 俺はそれを、避けるでも逸らすでもなく、剣で受け止めた。


「ああ、不味い……剣の方が保たないか」


 淫魔の媚薬のバフは大きい。

 だが、戦略とは無縁な豪胆が過ぎる思考になってしまうのが玉に瑕だ。


 戦略を立てても、その通りには動けない。

 そう考えた俺は、強スキルでゴリ押す事に決める。


「疾風剣」


 俺は魔法剣士のスキルを発動させた。

 剣に風を纏わせ、斬撃による衝撃波を繰り出すスキルだ。


「はぁぁああっ!!」


 元より強力な魔法剣士のスキルと淫魔の媚薬の組み合わせは絶大な威力を誇る。

 

 ミノタウルスは衝撃波を斧で受け止めたが、バランスを崩して、地面に膝をついた。


「灰燼剣」


 燃え上がる剣を振り上げた俺を見て、ミノタウルスは身体を丸めて弾丸のように突進してきた。


「ちっ……!」


 迎え撃った俺は、体重差で弾き飛ばされた。

 だが、俺の剣はミノタウルスの身体に深く突き刺さり、燃え上がる炎がミノタウルスの身体を蝕んでいる。


「ブモッ……ブモォォォオオオ!!」


 俺は苦しみ悶えるミノタウルスの身体を駆け上がり、剣を引き抜いた。


「終わりだ!」


 首に狙いを定め、燃え盛る剣を振り下ろす。

 筋肉隆々の首筋は一度で断ち切れるほど柔なものではない。だが、執拗に同じ箇所に斬撃を叩き込んでいるうちに、ミノタウルスは遂に動かなくなった。


「はぁ……ふぅ……」


 アースドラゴンの時と同じ轍は踏まぬよう、徹底的に攻撃した。間違いなく、ミノタウルスは絶命しただろう。

 

 俺はカレンに戦闘終了の合図を送る。


「クオン……」


 背後にカレンの気配を感じる。

 だが、俺は振り向かずに、回復されるのを待った。


(早くしてくれ……!)


 カレンの姿が目に映れば、抑えが効く自信がない。

 だからこそ、俺は振り向かなかったのだが、カレンはそんな俺の背中に抱きついてきた。

 

「お、おい――」

「私ね、その……ルナから聞いちゃったの」

「……は?」

「淫魔の媚薬を使うと、クオンは野獣になるんでしょ?」


 ルナとカレンは確かに最近仲良くしていた。

 たが、淫魔の媚薬について話していたのは流石に予想外だ。


「わ、私、回復する気ないから……」

「おい、カレン!」


 俺は思わず振り向いた。


「指示を無視するなんて、私最低だね」


 カレンは熱っぽい目をして見上げてくる。


「お仕置き……する?」


 突き出された尻を見たのを最後に、俺はカレンの言う通り、野獣になった。

 

 

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