妹最高

 立ち上がれなくなったカレンを抱えて迷宮から脱出した俺は、その足で恐る恐る寮へ戻った。


「ただいまぁ……」


 部屋に入るとばたばたと足音が聞こえて来る。

 その音を聞いて、カレンはビクッと肩を震わせた。

 

「師匠!」

「クオン!」

 

 駆け寄ってきたルナとアカネは、俺に抱えられ弱々しく俯くカレンを見て表情を曇らせた。

 

「怪我……でござるか?」

「苦戦したんだね……」

 

 心配そうにする二人を見て、カレンは顔を引き攣らせながら、俺の服を引っ張る。

 

「ほら、カレン。座れるか?」


 助けを求められている。

 そう感じた俺は、二人の話を出来るだけ自然な素振りで無視した。

 

「うん――んひっ?!」

 

 椅子に座ったカレンはそのまま転げ落ちてしまった。

 俺が執拗に尻を責めたせいだろう。だが、俺は悪くない。回復しろと言っても、頑なに拒否してきたのはカレンだからな。

 

「……大丈夫?」

「う、うん、大丈夫だから。そんな顔しないで」

 

 ルナに優しく手を握られたカレンは気まずそうだ。

 カレンを助けてやりたい気持ちもあるが、今はレイナが優先だ。


 俺はアカネと共に、レイナが眠る部屋へ入った。

 

「ずっと眠ったままでござる」

「そうか……」

「……師匠?」

「今から行ってくる」

 

 説明足らずな俺の言葉を聞いてアカネは目を伏せる。

 

「また、留守番でござるか……」

 

 言わずとも雰囲気で察したアカネは残念そうだ。

 連れて行きたい気持ちもあるが、分校に行けばレイナの秘密に触れる可能性が高いので、俺とレイナだけで行くのが無難だろう。


(俺の予想ではレイナは――)


 原作にはいない人間。

 クオンの代わりとして突然現れ、極端に短い寿命のレイナは、普通の人間ではない。

 

「悪い……」


 俺はその事実をレイナが受け入れるまでは、たとえアカネが薄々察していても隠し通すつもりだ。

 

「仕方ないでござるよ」

 

 俺はレイナを抱えて、ルナとカレンに気づかれないように、静かに寮から出た。

 アカネが手伝ってくれたおかげで、二人が気付いた様子はない。

 

「冷たいな……」

 

 呼吸は荒いのに身体は冷たい。

 心配は歩くスピードに表れ、人気が少ない事も手伝い、予想より早く分校に辿り着いた。


「よしっ!」


 俺は気持ちを切り替えて、堂々と正面から入った。

 

「ほう……早いな」

「証拠は?」

 

 前回襲われた校舎へ入ると、真っ二つにしたはずの二人が、何食わぬ顔で出迎えた。


(元通りかよ……どうすれば殺せるんだ?)


 真っ二つにしても元に戻る相手だ。

 どう戦えば良いのか見当もつかない。

 

(まぁ、今はレイナだな……)


 俺は動揺を隠しながら、破壊した迷宮核を二人に渡した。

 

「確かに」

「こちらへ連れてこい」

 

 連れられて入って部屋には、成人がすっぽり入りそうな大きさの透明なカプセルが複数個あった。


「服を剥いでここへ入れろ」

 

 目の前のカプセルが開く。

 

「おい、何をするのか説明くらい――」

「わかりはしない」

「そ、それでも――」

「我々は止めても良いが?」


 嘲るわけでもなく淡々とそう言った片割れの様子を見るに、これ以上何か言えば、本当に止めてしまいそうだ。

 

 俺は諦めて服を脱がせて、レイナをカプセルの中に入れた。

 カプセルが閉まると同時に、薄らと青い液体がカプセルの中へ注がれていく。

 全裸に剥かれたレイナは浮き上がった。

 呼吸が出来るのかと心配したが、先程までより明らかに顔色が良くなっている。

 

「レイナ……」

 

 俺はじっと見ていることしかできない。

 

「レイナ!」

 

 目を開いたレイナは動揺している。

 カプセル越しに手を合わせたが、半ばパニックになっているレイナは気づかない。

 

「あとどれくらい掛かるんだ?」

「途中で良いなら今すぐにでも止めるが」

「……続けてくれ」

 

 俺わ目を瞑り時間が経つのをじっと待った。

 しばらくして、カプセルの方からぷしゅっと何かが抜ける音が鳴った。


「レイナ!」


 液体が抜けたカプセルが開く。

 

 俺は開くと同時にレイナに駆け寄り抱きしめた。

 レイナが突き飛ばしてくる。

 

「わ、私は……」

「ど、どうした? まだどこか悪いのか?」

 

 レイナは答えることなく振り返り、カプセルを見つめている。

 その背中は寂しげで、よく見れば肩が震えている。


「大丈夫……大丈夫だから」

「やめてくださいっ!」


 背中からそっと抱きしめた俺を、レイナは力一杯振り払う。


「私は……兄さんの……クオンさんの妹じゃない」


 レイナにそう言われた俺は、キッと二人を睨みつけた。


「お前が言ったのだろう」

「記憶を植え付けるのは止めろと」

「ああ、そうだなっ!」


 俺は二人に文句を言うのを止めて、レイナをぎゅっと抱きしめた。


「クオンさん、しつこいです!」

「兄さんって呼べよ」

「――ッ! だから、私は――」

「俺の妹だろ? クオンさんなんて二度と呼ぶな」


 レイナはきょとんとした顔をする。

 だが、段々と表情を曇らせていき、震える声で話し出す。


「で、でも……私はここで産まれたんです。血も繋がっていないし――」

「それがどうした?」

「……へ?」

「産まれた場所なんてどうでも良い。血の繋がっていない妹なんて寧ろ興奮する――ん?」


 勢いに任せてとんでもない変態発言をしていると気付いた俺は言葉に詰まる。


「……興奮するんですか?」

「い、いや……」

「やっぱり、嘘――」

「興奮するに決まってるだろ! 血の繋がっていない妹なんて最高だ!」


 顔が熱い……。

 頬が真っ赤になっている事だろう。


 俺は何故、全裸の妹を抱きしめながら、妹最高と叫んでいるのだろうか……。


「兄さん……」

「そうそう、それで良い――」

「兄さん!」


 レイナは興奮した様子で俺を押し倒した。

 腹の上に跨ったレイナが、薄らと涙を浮かべながら見下ろしてくる。


「わ、私は……兄さんの妹ですか?」

「ああ、勿論」

「兄さん……」


 レイナは俺の胸に頭を預けた。

 しばらく黙って撫でていると、安心したのか寝息が聞こえてきた。


 レイナは眠ってしまった。――敵地で。

 俺は恐る恐る二人を見た。


「ああ、その……しばらく、時間を貰って良いですか?」


 二人は顔を見合わせる。


「出て行け」


 ピシャリとそう言われた俺は、寝息を立てるレイナを見ながら頭を抱えた。


 


 

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