恋愛ハウツー本
――放課後。
嫌われ者になった俺は、さっさと家に帰ろうと帰り支度をしていた。
「クオン、クオン」
とことこと歩いてきたルナが、俺の服の袖を引っ張る。
「デート、しよ?」
首を傾げながらそう言ったルナは、男の心を鷲掴みにするような魅力を持っていた。
流石はヒロインだとは思う。
だが、その魅力が俺に刺さることはない。
「嫌いな俺とデートってお前……何を企んでるんだよ」
事あるごとに嫌いと言ってくる相手だ。
いくら魅力的な姿を見せられても、それに惹かれるかといえば無理がある。
「これを見てほしい」
ルナはいつもの恋愛ハウツー本を俺の机に広げた。
「女は優しい男より、ちょっとクズで強引な男に惚れてしまうと書いている」
ルナが何故それを俺に見せるのかはわからないが、本の内容は俺の心を抉った。
ちょっとクズな方がモテるという、謎な現実に心当たりがあったからだ。
「確かにそれは正しいかもしれないが……」
他人に優しくをモットーに生きていた俺は異性にモテた事がない。
同級生のクズや、同僚のクズがモテる中、不条理な世界は遂に最後まで俺に微笑む事はなかった。
「クオンはクズ……と言われている。なんでかはわからないけど」
確かに俺の評価はそうだ。
原作のような振る舞いをした覚えはないが、原作を引きずったような評価になっている。
「……で?」
自分でも驚くほど、ドスの効いた声が出た。
なんとかしたいと思っている、世間の評価について指摘されたからだろうか。
「……今のはちょっと良かった。やっぱり嫌いなことには変わりないけど」
ルナはじっと俺を見つめ、恋愛ハウツー本を指差しながら言う。
「これを試して、私がクオンに好意を抱くのか調べる」
「は?」
「クズなクオンに強引なデートに連れ回されたい」
「何言ってんだお前……?」
俺は頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら荷物を持った。
「じゃあ、帰るわ」
何がしたいのかわからないが、物語の主要人物に関わるのは控えた方が無難だ。
さっさと帰ってルナの謎ムーブは忘れることにしよう。
「……そんな態度で良いの?」
ルナはじりじりと距離を詰めてきた。そして耳元で囁く。
「言う事聞いてくれないなら、序列戦でわざと負けた事を言いふらす」
「な、なんの話かなぁ」
とぼける俺を、ルナは刺すような目つきで睨む。
「私は知ってる。クオンは嘘だとバレたくない」
強引にストーリーから降りた弊害は思ったよりも大きかったらしい。
原作ではあの順位戦では俺は負けない。
それどころか、カイルを圧倒して力を見せつけるのだ。
ちなみにルナは、何度倒れても立ち上がるカイルを見て惚れる。
それを俺が、早く死にルートから逃れたい一心で強引に捻じ曲げたせいで、原作には無い変化が起きてしまった。
「握った弱みをちらつかせるなんて卑怯だぞ……」
ルナは自分の感情に整理がつかないのか、未だにハーレムの一員になっていない。
そのうえ、大して絡みがないはずの俺の弱みを握り、事あるごとに絡んでくる。
「私はこの感情の理由が知りたいだけ。で、答えは?」
「ちっ……わかったよ。何処に行きたい?」
俺の返事を聞いたルナは何故か不満顔だ。
「私はクズに強引なデートに連れ回されたいと言ったはず」
「お、おう」
「相手の意見を聞くなんて強引さが足りない」
注文の多さに顔を引き攣らせる俺に対して、ルナの表情は真剣そのものだった。
「ああ、わかった! とりあえずついて来い!」
俺はそう言って教室から出ようとした。
だが、いつまで経ってもルナはついて来ない。
「お、おい……お前、ふざけてるのか? もう帰って良い?」
「ダメ」
ルナは机に広げられたままの恋愛ハウツー本をとんとんと叩く。
「強引さが足りない。ほら、これ見て? 腕を引っ張って無理やり連れて行ってる」
ルナが指差した挿絵は、チャラそうな男が嫌がる女の腕を掴んでいる。
「……で?」
「これをする」
「はぁ……」
注文の多さに疲れてきた。
だが、弱みを握られている俺に拒否権はない。
「おい、ルナ! デートしてやるからついて来いよ」
俺はそう言って、ルナの腕を掴み無理やり引っ張った。
「やっ! いきなりなんなの!?」
抵抗するルナの顔は綻んでいた。
よし、この抵抗は演技で、俺はこのままクズ男ムーブをすれば良いんだな?
「俺様がデートしてやるって言ってるんだよ? 黙ってついてこい」
「う、うん……」
茶番を終えて大人しくなったルナの腕を引っ張り教室から出ようとした。
だが、そこで――。
「何をしているんだ、クオン! 嫌がる女の子を無理やり連れ出そうとするなんて君は……!」
大層お怒りの主人公様に道を遮られた。
「お、おい……なんか釣れたぞ! 責任持って説明しろ」
小声でルナにそう言って小突いた。
だが、ルナはぽーっと顔を赤らめてカイルを見つめている。
「その手を離せ!」
「あ、はい」
「……え?」
あまりにも素直な俺の反応に、啖呵を切ってきたカイルも呆気に取られたようだ。
「じゃあ、俺はこれで」
俺はそそくさとその場を後にする。
「わ、わかったなら良いんだ」
俺が去った教室は、カイルを称える声で溢れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます