新発見

 一晩考えて出した答えは「もうルナとは関わらない」だった。

 本来関わりがない俺と関わっているせいで、ルナは無駄に苦しんでいる。

 ならば、関わりがない本来の関係に戻るのが一番だろう。

 

「おはよう、クオン」

 

 朝一番の講義前、ルナはいつも通り隣に座って挨拶をしてきた。俺はその挨拶を無視する。

 

「おはよう、昨日はありがとう」

 

 聞こえていないと思ったのか、ルナはもう一度挨拶してきたが、それでも俺は無視を続けた。

 

「……怒ってる? ごめんなさい……」

 

 ルナはそう口にして、暗い表情で黙り込んだ。

 俺とルナはお互いに沈黙し、気まずく重い雰囲気が漂う。

 それでもルナは離れようとしなかった。


 一日の講義が終わり、残すところはホームルームだけとなっても、俺達に会話はなかった。


「来週はいよいよ学園迷宮の探索だ。ペアを決めておくように」


 担任がそう締めて、ホームルームは終わった。

 序盤の重要イベントである学園迷宮の探索。

 ここで主人公達は、学園迷宮で敵と邂逅する。


「クオン、クオン」


 放課後になり、ルナはいつものように俺の名を呼ぶ。

 その声はいつもより暗い。俺の無視が効いているのだろう。心が痛むがこれで良いはずだ。


 荷物を纏めて教室を出る。

 そんな俺の後ろを、ルナは黙ってとことことついてきた。


「おい、ルナ……」


 学園の敷地から出た辺りで、振り返って声を掛けた。

 ルナはパッと表情を明るくした。


 突き放そうと言葉を選んでる時に、カイルの姿が視線に入った。

 俺は方針を変え、ルナの腕を強引に掴んで引き寄せた。


「きゃっ!」


 突然抱き寄せられたルナは当然抵抗する。


「今日は俺の家に行くぞ。ついてこい」

「……へ?」

「人目がある場所じゃ――」


 ルナを自宅に連れ込もうとする俺を見て、カイルは鬼のような形相で近づいてきた。

 

「おい、クオン! ルナが嫌がっているだろう! 離れるんだ!」

 

 狙い通りカイルが釣れた。

 俺はイラついている演技をしながら、ルナをカイルの方へ投げ捨てる。

 

「そんなブス、こっちから願い下げだ。とっとと消えろ」

「クオン、君は……ッ!」

 

 カイルは怒りを必死に抑えながら、倒れ込むルナへ手を差し伸べる。

 

「大丈夫かい? ルナ」

「う、うん……」

 

 ルナは顔を真っ赤にして、差し出された手を握り返した。

 これで良いのだ。これで……。

 カイルの元ならルナは苦しむ事はない。

 

「じゃあな」

 

 俺はそう言って去ろうとした。

 だが、予想外の展開に間抜けズラを晒すことになる。

 

「待って!」

 

 ルナは立ち上がって俺の手を掴む。

 

「……ついてく」

「は?」

「え、いや……ルナ……」

 

 俺とカイルはぽかんとルナを見ることしかできない。

 

「カイル、ありがとう。でも、私は大丈夫だから」


 ルナは俺をじっと見つめながら、カイルに声を掛ける。

 

「そんなはずないだろう! 昨日も様子がおかしかったから注意して見てたんだ。どんな弱みを握られてるのか知らないけど、僕に任せて――」

「違う。私は弱みなんて握られてない。昨日デートに誘ったのは私だし」

 

 ルナは俺の手を握って引っ張ってきた。

 

「行こっ?」

「お、おう……」

 

 逃げるように歩き出したルナに手を引かれ、呆気に取られているカイルを置いて、その場を後にした。


 カイルが見えなくなったところで、ルナは立ち止まって振り返る。

 

「何がしたいんだよ、お前……」

 

 あのまま流れに任せていたら、あるべき場所に戻れたはずだ。

 だというのに、ルナの予想外の行動で台無しになった。

 

「新発見」

 

 ルナはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「カイルの顔を見てるとぽーっとして何も考えられなくなる。だから――」

 

 ルナはふふんと胸を張った。

 

「クオンの顔を見て、ムカムカ成分を摂取した。私は天才かもしれない」


 何を言っているのかわからず首を傾げていると、ルナは俺の顔を指差しながら言う。


「クオンでムカムカしながらなら、カイルと平常心で話せる。ポカポカをムカムカで相殺」

 

 確かに思い返してみれば、カイルと話している時もじっと俺の顔を見ていた。

 予想外の方法で無理やり感情をコントロールしてみせたのは素直に凄いと思う。

 だが、いくらなんでも、俺の扱いが酷いと思う。

 

「クオン、クオン」

「何だよ」

「いっぱい嫌いって言ってごめんね? 怒って当たり前……クオンは悪くないのに」

「いや……別にそれは気にしてないけど」


 ルナはぽかんとした表情で首を傾げた。


「じゃあ、何で無視するの?」

「……いや、嫌いなやつと一緒にいるより、好きなやつと一緒にいた方が良いと思って」

「私がクオンから離れて、カイルに近づくように仕向けたってこと?」

「そうだな……」


 ルナは刺すような目つきで俺を睨みつけた。

 静かに怒っていると悟った俺は、自然と後ずさってしまう。


「余計な気を遣わないで。私はクオンと一緒にいたいから一緒にいる。自分の居場所くらい自分で決めるから」

「……悪かったよ。もう、余計な気は回さない」


 俺がそう答えると、ルナは満足げに頷いた。


「いこっ? 今日はクオンの家に行く」

「は? 家ってお前……」

「さっきクオンが自分で言った。早く行く」


 ルナはそう言って、俺の手を引いた。

 

 

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