じ、実験だから

 男子寮の俺の部屋を入ったルナは、きょろきょろと部屋を見た後固まってしまった。


「生活感がない……どうやって生活してるの……?」


 ストーリーから降りる事を最優先に考えていた俺は、学園に長居する気はなかったので、必要最低限の家具しか揃えていない。


 俺の意図を知らないルナからすれば、奇妙な部屋に見えるだろう。


「ベッドもあるし、冷蔵庫もある。十分だろ」

「ベッドも冷蔵庫も備え付けだよ……。クオンが自分で買ったものはないの?」

 

 俺のあまりの生活力の無さにルナは少し顔を引き攣らせている。

 焦った俺は、きょろきょろと部屋を見渡す。

 

「このコップは俺が買ったぞ!」

「……お皿とかは?」

「…………ない」

「はぁ……」

 

 ルナは呆れ顔を隠すことさえしなくなった。

 

「私達もう二年生なんだよ? 今までどうやって生きてきたの?」

 

 俺やルナは三年制の学園の二年生だ。

 確かに、寮に住んで一年も経つというのに、こんな部屋の惨状では呆れてしまうのも無理はない。

 

「頑張って生きてきた」

 

 本当は金に物を言わせて生きてきたというのが正しい。

 前世でプレイしたゲームにそっくりな世界だという事もあって、何処か現実味を感じられないまま、狂った金銭感覚のまま生きてきたのだ。

 だってそうだろう?

 ゲームの貨幣を現実の貨幣と同じ金銭感覚で使うなんて出来るわけがない。

 

「はぁ……」

「そんなに呆れないでくれよ」

「呆れてるんじゃなくて、心配」


 ルナはベッドの上にぼふっと勢いよく座り、備え付けの家具しかない部屋を眺めながら言う。


「ちょっとずつ頑張ろう? 一人暮らしが苦手なら、私も協力するから」

 

 有難い申し出が俺を悩ませる。

 確かに生活力の無さはなんとかしないといけないと思っていた。

 だが、俺は頃合いを見て退学するつもりなのだ。すぐに出て行く部屋の環境を整える気にはなれない。


「いや、別に困ってないから――」

「駄目」


 意外にも押しが強いルナに言葉を遮られる。


「こんなの見たら放って置けない。私がちゃんと監視して、クオンを真人間にしないと……」


 ルナはうんうんと頷きながら力強く拳を握っている。


 そういえば、ルナは世話好きという設定があったな。

 少しだらしのない主人公を、甲斐甲斐しく世話をしている描写もあった。

 

「ええと……ああ……」

 

 上手く交わす方法が思い浮かばず言葉に詰まった俺は、素直に疑問に思った事を口にした。

 

「何でそこまでしてくれるんだよ? 俺の事嫌いなんだろ?」


 世話好きとは言っても、それは主人公が好きだからなはずだ。嫌いな俺にまで世話を焼く理由にはならないはずだ。

 

「嫌いじゃない」

 

 ルナはそう言って、スマホを取り出して一枚の写真を見せてきた。

 この世界のスマホは電波ではなく、空気中の魔力で繋がっているそうだ。それ以外は元の世界と大して変わりない。

 

「クラスで撮ったのか?」

「そう。カイルも写ってる」

 

 写真はクラスメイト達と撮ったものだった。

 しっかりと俺がいないのは少し寂しいが、それを抜きにすれば何の変哲もない写真だ。

 

「カイルを見ながらだったら、クオンを見てもムカムカしないの」

 

 ルナはにっこりと微笑んで俺の膝に座ってきた。所謂ラッコ座りだ。

 

「おい……」

「ほらね? カイルの写真を見ながらならこんなことも出来る」

 

 ふふんと胸を張る上機嫌なルナとは違い、俺の内心は穏やかではない。

 ルナの柔らかい感触と体温が伝わってくる。女性経験の少ない俺に平常心でいろというのは無茶な話だ。

 

「なるほどな……」

 

 適当に相槌を打つが、高鳴る鼓動が抑えられない。

 バクバクと脈打つ心臓の音がルナに聞こえているのではないかと思う程に、大きく感じた。

 

「あ……」

 

 俺が動揺している事に気づいたのか、ルナは顔を赤くしながら振り返った。

 

「じ、実験だから」

「そ、そうだな。実験は大事だ」

「うん……」

 

 俺がそう言うと、ルナは俯いて黙ってしまった。

 タイミングを逃してしまったのか、ルナは離れようとしない。


 沈黙に耐えられなくなった俺は、よく考えもせずに適当に話出す。


「カイル対策に俺の写真も必要だな。それなら、俺がいない時にカイルに会っても、その写真を見れば平常心を保てるだろ?」

「そ、そうだね……」

 

 ルナは何故か耳まで真っ赤にした。

 

「撮るか?」

「うん……」

 

 ルナは少し戸惑う様子を見せながらスマホを掲げ、俺の肩に頭を預けた。

 

「んっ……」

 

 甘い吐息が漏れると同時にパシャリという音が鳴った。

 

「どうした?」

「恥ずかしい……必要だからって、こんな写真カップルみたい」

「そうか……」


 別に俺だけを撮っても良かったと思うが、動揺してまともに頭が働いていないルナにそれを言ってやるのは可哀想だ。


 俺は必死に内心と戦いながら、何でもないフリをして、撮れた写真を見る。


「良い写真じゃないか。後で俺にも送ってくれよ」

「んっ……じゃあ、連絡先教えて?」


 連絡先を交換した後、俺はあることに気づく。


「今はカイルの写真を見てないじゃないか。俺とひっついていて大丈夫なのか?」

「ドキドキしてそれどころじゃ――あ……」


 ルナは再び顔を真っ赤にする。

 俯いてぷるぷるしているルナには悪いが助かった。今振り返られると、俺の顔も真っ赤なのがバレるからな。

 

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