妹だぜ……?

 ホームルームが終わり、今日最初の講義までの休み時間。

 俺は勇気を出して、初対面の妹に声を掛けた。

 

「よ、よぉ、レイナ。久しぶりだな」

 

 何をするでもなく、一人で静かに座っていたレイナは、俺を見て首を傾げる。

 適当に「久しぶり」と言ってみたが、間違いだったかもしれない。

 

「お久しぶり、です?」

 

 俺達の会話はそこで終わった。

 初対面の妹との会話を膨らませる事なんて俺には出来ない。

 

「……何やってるの?」

 

 のこのこ戻ってきた俺を、ルナがジト目で睨んでくる。その隣でアカネは苦笑していた。

 

「だ、だって!」

「だってじゃない。やり直し」

 

 スパルタなルナは、俺が席に座る事を許してくれない。

 俺は渋々、もう一度レイナの元に向かった。

 

「…………」

「……あの…………」

 

 レイナの前に立ったは良いものの、俺は黙って仁王立ちする事しか出来ない。

 俺の意味不明な行動に困惑気味のレイナも言葉に詰まっていた。


 お互いにじっと目を合わせながら、黙りこくるという嫌な状況だ。

 何か話さないとと焦った俺は、とにかく口を開いた。

 

「お、俺が、お兄ちゃんだ……ぜ……」

 

 俺はそう言って、親指をグッと立てた。

 

「へ……?」

 

 俺の名乗りに目を丸くしていたレイナが、そわそわした様子で立ち上がる。

 

「わ、私が、妹だぜ……?」

 

 滑り散らしている兄に戸惑いながらも、共に滑ってくれる妹の優しさを見て、俺は逃げ出したくて堪らない気持ちになった。


 レイナは俺から視線を外して、窓の外を見つめ始めた。

 ちらちらと俺を見るその目は、明らかに動揺していた。

 

「はぁ……」

 

 深いため息が漏れる。

 

「クオン、ドンマイ」

「頑張ったでござる」

 

 俺だけでは埒が開かないと悟ったのか、ルナとアカネがフォローしに来てくれた。

 

「あ、ああ……」

 

 二人の励ましの言葉に力なく返事をした俺は、顔を手で覆って表情を隠す。

 

「恥ずかしい」

 

 苦笑していたルナが、表情を戻してそっとレイナの手を取った。

 

「クオンは妹と仲良くしたいけど、どうしたら良いかわからない馬鹿なお兄ちゃんなの」

「……そうなのですか?」

「うん。だから、変な行動は許してあげてね」

 

 ルナにそう言われたレイナは生暖かい目で俺を見た。

 

「……そういう事だ。だから、まぁ、お兄ちゃんを助ける為と思って、一緒に講義を受けようぜ」

「一人じゃ寂しいでござるからね!」

 

 アカネはニカっと笑ってうんうんと頷いてくれる。

 そんな邪気の無い笑みを見て、レイナは少しだけ表情を緩めた。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 レイナはそう言って頭を下げた。

 距離を感じるその態度は、とてもじゃないが、妹が兄に向ける態度ではない。

 だが、俺はその態度に安堵していた。

 いくら妹とはいえ、初対面の相手にいきなり距離を詰められると、どう反応すればいいのか困るからだ。

 

「こちらこそ、宜しく頼むよ」

 

 俺はレイナに手を差し出す。

 レイナは躊躇いながらも手を握ってくれた。





 レイナの初めの印象は、容姿やホームルームの態度から感じた、勝ち気な性格の少女だと思っていた。

 だが、接していくうちにその印象は変わる。

 実際のレイナは、何を考えているのかよくわからないふわふわとした雰囲気の少女だった。


 少し無知なところがあるのか、会話の一つ一つにオーバーなリアクションをする。

 そのせいもあって、見た目とは違い子供っぽい印象を受けた。


「じゃあ、行くか」


 昼休憩、俺達は食堂に向かう。

 俺とルナはいつもは弁当だが、昨日はルナが耳攻めにご執心だったせいで準備が出来なかった。


「何でも好きな物食べて良いぞ」

 

 俺がそう言うと、ルナとアカネは礼を言ってからメニューと睨めっこを始めた。

 

「どうした?」

 

 二人とは違い、レイナはメニューを見ようとしない。

 俺が声を掛けると、困った顔をして俺を見つめてきた。

 

「好きな物と言われても……困ります」

「好き嫌いが無いって事か?」

「多分……」

 

 レイナは曖昧な返事をした後、そのまま黙り込んでしまった。

 

「じゃあ、俺と同じので良いか?」

「はい、それでお願いします」

 

 俺達は注文のために列に並んだ。

 待っている間、ルナはレイナに学園の事を説明し始める。

 俺はその様子を背中に感じながらぼんやりと前を見ていた。

 

(……ん?)

 

 ふと、視線を感じて顔を上げると、食堂にいる生徒達の視線を集めている事に気づく。

 

(何だ……?)

 

 敵意や悪意を感じる視線だ。

 最近はそういった視線に晒される事が少なくなっていた俺は、嫌悪と共に懐かしさをも感じる。

 

「クオン? どうかした?」

 

 ルナに話しかけられて振り向くと、敵意の原因を悟った。

 

「あ、ああ、悪い。ぼーっとしてた」

 

 学園でもトップクラスの美少女達と共に行動しているのだ。それも、三人。

 嫉妬で敵意を向けられるのは仕方ない事なのかもしれない。

 

「ああ、クオン殿……少し失礼して」

 

 アカネはそう言って、俺の背中に顔を埋めて深呼吸を始める。

 アカネは発作的に匂いを嗅ぎたくなると言って、午前中も時折、俺の背中に顔を埋めていた。

 

「すぅ……はぁ……」

「おい、アカネ。今は止めろ」

 

 いくらなんでも、周囲に人が多すぎる。

 俺が小声で注意すると、アカネは申し訳なさそうな顔をしながらも、鼻息を荒げて、俺の服に顔を擦り付けた。

 

「無理でござる……緊張すると、不安で……」

「緊張?」

 

 アカネはちらっと周囲に目を向けてから、もう一度背中に顔を埋めた。

 

「凄く敵意を感じるでござるよ……クオン殿は怖くないのでござるか?」

「クオンは嫌われ者だもんね」

 

 代わりに答えたルナは、ニコッと俺に微笑みかけてくる。

 

「何で嬉しそうなんだよ」

「変な虫が寄り付かなくて安心だから」


 うんうんと頷くルナの表情は綻んでいる。

 出来れば壊したくない笑顔だが、一つだけ言っておかないといけない事がある。


「変な虫は既に寄り付いてるだろ」

 

 俺がそう言って背中に顔を埋めて深呼吸するアカネを指差すと、ルナは表情を無にして黙り込んだ。

 

 

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